27 運転席
ラバキア平野北部 ラバキア街道上のセルコヴァ軍輸送トラック
帝暦1936年5月8日 01:40
追撃は続いている。
ラバキア街道は一本道。そしてトラックの方が足は軽い。このまま進めば、いずれ敵戦車と邂逅するだろう。
エンピカ・ウドリ兵長は確実にハンドルを握っている。道の悪い街道を行き、遮光ヘッドライトの乏しい明りを頼りに、よく運転してくれていた。
「轍がよい目印になります。ウドリ兵長、ツダマ上級軍曹、見落とさぬように」
コミュセキーが注意を促す。
確かに暗い路上にひときわ新しい、幅の広い轍がくっきりと照らされている。あの怪物。ティタデレの痕跡だ。
「上級軍曹、追跡隊との距離は?」
「約三十分です、中尉殿」
「敵車が街道上を進んでいることは確認していますね?」
「はい、横道にそれた報告は今のところありません……ところで中尉殿、質問よろしいでしょうか」
「どうぞ。上級軍曹」
「このまま街道を直進すると、単に戦車の後尾に食いつくことになります。それからの部隊展開、爾後攻撃となると、取り逃がす可能性が高くありますが」
「考えがあります、地図を」
中尉がツダマから軍用地図を受け取り、膝の上に広げた。
「ここで街道が大きく湾曲していますね」
コミュセキーの指さす先には、確かにラバキア街道が大きく曲がっている箇所があった。
「戦車の先を行くために、隊を分け、一隊がこの大湾曲の部分で森を直進し、先回りをします。そして、敵戦車の足止めをする」
「なるほど、それなら歩兵の足でも間に合いそうですね。追跡班との合流も可能かと」
「そうです。そして先行した部隊を待伏せ班とし、そして本隊が主攻として、このトラックで追撃します」
「つまりは、挟撃を目論むと」
「ご理解の通りです。上級軍曹。別動隊の指揮をお任せします」
「は。して、トラックのナビゲータ役にはだれか充てましょうか」
「カマリノ・コーサ兵長がよいでしょう。彼女なら安心できます」
中尉は口数は少ないが、実直な兵士の名を挙げた。
輸送トラックは夜の街道でスピードを上げる。
荷台では運転席からの指示で、急ぎ戦闘準備が始められる。
弾薬箱が開けられ、銃弾が配られる。手りゅう弾も各自、2、3個はいきわたる。重装甲の戦車相手に通用するかはわからないが、少なくとも隊員たちの安心にはつながっているようだ。
「なんじゃ、ガチャガチャ五月蠅いのう」
ヒルカモタリ兵長が不満顔で目を覚ます。
「ヒルカ、戦闘準備だってよ」
リコラ・マッダイ軍曹が手りゅう弾をヒルカモタリに投げ渡す。彼女もまた、ニガタでコミュセキーに捕まった口だ。
ヒルカモタリは器用に片手でそれを受け取ると、ニタリと不敵に笑った。
「おお、そうかそうか、また手柄の機会が来たんかいのう」
「期待してるよ、ヒルカ」
リコラは軽く応じて、装備の配布を再開する。
「そうじゃ、マッダイよ」
ヒルカモタリがリコラに尋ねる。
「あしのライフルな、タマ少し分けてくれんかのう?」
「ん、スプリンセントね、あるよ」
リコラが弾薬袋をかき回し、弾薬グリップをいくつかヒルカモタリに渡した。
「そういやあんた、戦車のスリットにあてたんだって?たいした腕だねえ」
「あん?たいした事ないわな」と、言葉のわりに得意げなヒルカモタリだ。
「まあ、あんま無理しないようにな、軍曹。手柄とっても命とられちゃ、元も子もないよ」
「あしはそんなヘマせんぞ、ヘマするとしたら……」
ヒルカモタリは顎の先でカーリン・フジョ軍曹とテンチャ・マサキ軍曹を交互に指した。
「あのでっかいのか、そっちの目つき悪いのか、どっちかだろ」
「フジョさん、ヒルカさんがまた何か悪口言ってますよ」
キラコ・トモスマ兵長がカーリン・フジョ軍曹に耳打ちする。
「わしが一言言ってやりましょうか!」
キラコは語気を荒げる。
「あ、うん……」
カーリンは何となく返事をして、さしてそのことに興味を示さなかった。
キホ・マヌアー兵長もヒルカモタリの言葉が耳に入り、ちらりと相方を見た。
キホの心配をよそに、テンチャ・マサキ軍曹は相変らず眠っているのかわからないように、弾薬箱を背に瞑目している。
いまのが聞こえてなきゃいいけど。
キホはひやひやしたが、当のテンチャは眉根一つ動かさず、っとしたままであった。




