25 輸送トラック
ラバキア平野北部 ラバキア街道上のセルコヴァ軍輸送トラック
帝暦1936年5月8日 00:20
日付が変わった。
しかしセルコヴァ共和国軍の一隊はそれを気にするほどの余裕はなかった。
時間がたてばたつほど、自分たちの立ち場が危うくなる。誰もが皆、それを理解していたのだった。
それでも装備は充実した。今や敗残兵とは思えぬほどの重武装だ。おまけに足となるトラックまで調達できた。
コミュセキー中尉は配下の兵士たちを見て満足している。
食料、武器、弾薬、爆薬。
特に念願の個人用対戦車ロケット砲は、敵戦車の破壊に貢献してくれるだろう。
「ツダマ上級軍曹」中尉が部下の下士官を呼ぶ。
「はっ」
上級軍曹が駆け寄ってくる。
「装備はゆき渡りましたか」
「各個がもてるだけの装備を持ち出しております、中尉殿」
「よろしい。では追跡班と合流しましょう。位置はつかめていますね?」
「は、しつこいほど連絡してますから、位置は確実です」
「では総員乗車。ラバキア街道を進みます」
彼女たちセルコヴァ兵はトラックに乗りこんだ。
ハンドルを握るのはやや緊張感をはらんだエンピカ・ウドリ兵長。助手席にはコミュセキー中尉が座り、エンピカとコミュセキーの間にリイナ・ツダマ上級軍曹が席を占めている。膝の上に軍用地図を広げた彼女はナビゲータ役でもある。また、残りの10名は、武器弾薬とともに荷台に乗車している。
物資を満載したといっても、幌掛けの荷台にはかなり余裕があった。
ヒルカモタリ兵長はさっそく擲弾の包みを枕に小柄な体を荷物の間にうずめ、高いびきをかきはじめた。その相棒のレイア・オゾンノ兵長は天井にカンテラを下げただけの中、小さなノートに何やらメモをしている。
テンチャ・マサキ軍曹も座席に座り目をつぶっている。相変らず寝ているのか、沈思黙考しているのか、判然としなかったが、ともかく静かだった。
反対にキラコ・トモスマ兵長はキホ・マヌアー兵長になにやらちょっかいを出しており、マウアー兵長も負けじとやり返している。その二人のじゃれあいを横目にカーリン・フジョ軍曹は、自分のスプリンセントを丁寧に磨いている。
狙撃兵チーム以外の兵士たちも、揺れる荷台の上で、それぞれに時間を過ごしていた。
もと糧秣担当だったモレナ・イリヤ兵長は初めての戦闘を経験してから、相当緊張していた。不安も常に胸をよぎっていた。だからあの戦闘の後で寝ている同僚がいることが信じられなかった。
まさか自分が戦闘に巻き込まれるとは思いもよらなかった。配属されたのは後方で、のんびり兵隊たちに給食しながら戦争をやり過ごす心づもりでいた。
(ニガタであの人に捕まってなければなあ……)
あの敗戦はひどかった。何百人という仲間が犠牲になった。敵の急迫により前線も後方もなくなってしまった。指揮系統は壊滅し、自分のいた糧秣部隊もたちまちバラバラになってしまった。
そんなときに現れたのがあの中尉だ。あの中尉に強引に部隊にまとめられ、いつの間にかあの怪物を追うなどという大それた任務に組み込まれてしまった。
(ついてないんだよなあ……)
戦争が終わったらモレナは故郷に帰り、チョコレート職人になるつもりだった。
甘いものは好きだったし、何よりチョコレートを様々な形に造形することには夢があった。糧秣部隊は自分のしたかったことに近からずとも遠からずといったところであったので、軍務の中では最適な部署だと思っていた。
それがどういうわけか、いまや汚れた野戦服に身を包み、訓練時にしか持ったことのない短機関銃など携えている。
さらに悪いことに、敵戦車にロケット砲の直撃を浴びせたのは、実は彼女であった。
とっさの出来事だった。ロケットを抱えていた兵が敵弾に倒れ、目の前にロケット砲が転がってきたのだ。
「兵長!ロケット!ロケット!」
誰かの叫びにつられるようにモレナはそれを拾い、構えた。
幸か不幸か、訓練時にそれを扱ったことがあった。
機械的に安全ピンを外し、トリガーを引いた。ものすごい勢いで赤い光が前方に飛んでいき、それは過たず敵戦車の側面に命中した。激しい爆発音。ワッと味方の歓声が上がったが、すぐに沈黙に変わった。
敵戦車はのろのろと前進を続けている。敵にダメージを与えたのかどうかはわからない。しかしモレナの評価は足手まといな非戦闘員から、対戦車の名手に変わってしまっていた。
もちろんそのおかげで、先ほど入手したばかりの対戦車ロケットは、当然のようにモレナの手元にあった。
その円筒状の武骨な兵器を見ながら、モレナの口から出るのは、重いため息ばかりだったのだ。




