24 新体制の兆し
ラバキア平野北部 ラバキア街道上の112号戦車
帝暦1936年5月7日 23:20
まったく、少しも休ませちゃくれない。これも敵の戦術なのだろうか。
アシュカ・サイート先任曹長は考える。
上官の判断は正しいだろう。斥候に対し距離を開けておけば、その本隊との距離もあけられる。准尉の部下の狙撃兵はお手柄だな。
しかし……
先任曹長は車内を見まわした。
信頼していたベミリアはいなくなってしまった。俯角の歪んだ砲塔では、その真価を発揮することができないが、装填手がいなければその役割ですら果たすことができない。
その装填手席と通信士席には、装甲擲弾兵から抽出した兵が配置されてはいるが、いずれも専任ではない。通信手はともかく、装填手の方は全くの素人だ。今のうちに仕込んどいたほうがいいのかな?
眼下のミャオ・ボヤック一等兵も。かろうじて戦車を操縦しているものの、意識ははっきりしているのだろうか。
ああ、考えることは多い。
いや、そもそもそれを考えるのは、私ではなく車長ではないのか。
どうも苦労性なのかな、私は。
アシュカ・サイート先任曹長は自分の性格を呪うが、状況は変わらない。
追撃は続いている。直に攻撃はないものの、常に追われていることには変わらない。敵の意思は明らかに、この戦車を破壊することにある。
操縦手のミャオは、睡魔と闘いながら、何とか戦車を前進させている。森の中の回廊、ラバキア街道は幸い広く、ティタデレの乏しい前照灯でも何とか前に進む事は可能だ。ただし夜間ということもあり、人が走る程度の速度しか出せない。
前進、前進。まずは味方の勢力圏まで戦車を走らせる。この眠気の中、このシンプルな任務に集中できるのか。ミャオは自分が試されていることを知った。眠っちゃだめだ、眠っちゃだめだ。ミャオは頭の中でそれだけを繰り返していた。
ナミ・ウメザー軍曹は生真面目に前方の暗闇を監視している。スリットは前任者の命を奪った銃弾によるひび割れたガラスが残っていて、視界はほとんどない。ここは元は戦車の装填手席だったという。その主はすでにいない。自分にできることは戦車砲の装填ではなく前方監視だけだ。
ナミは自分の任務に忠実だった。スリットから外を覗くことに恐怖心はあったが、この夜間での狙撃は不可能ということも経験上、知っていた。この席で死んだ前任者は、いったいどんな気持ちだったんだろう。
死というのは、いったい……
緊張感の中から生まれた哲学的な思考は無駄に思えた。
それを振り払おうと、ナミはわざとらしく、かぶりを振るのだった。
(肩でも凝ってるのかな?)
階下の装填手席で何やら首を振っている様子のウメザー軍曹を見てユーキ・ヨウダ少尉はいぶかしんだ。 まあ慣れていない任務だ。肩ぐらい凝って当然だろう。
それにしても豪胆な女だな。ユーキは関心する。一人死んでいるその席で、外部監視を担ってくれている。さすがは名にしおう装甲擲弾兵。鍛えられ方が違うのだろう。
やや的外れな感想を抱きながらユーキは車内の様子に気を配る。
112号車は未舗装の街道をガタゴト音を立てて進む。
歩哨に出ていた装甲擲弾兵たちも、全員無事、回収できている。
「ユミナ・キーオ一等兵、本部に連絡。合流は予定通りか確認して。追撃があるってのも付け加えて」
キーオ一等兵が慣れない無線機を操作して、本部への連絡を試みる。
「ありゃ」
突然ユミナが素っ頓狂な声をあげる。
「どした?」
「少尉殿、まただめです。通信不良」
街道のこの辺りは喬木がおおい。それらが通信障害の元となっているのだろう。しかし何と前時代的な無線機なのか。こちらもクレーム入れないといけないかもな。ユーキはそんなことを思いながらユミナに指示する。
「またあ?うーんしょうがないわね。キーオ一等兵、とりあえず連絡は継続して。そのうち拓けたとこに出るでしょ」
「わかりました、少尉殿」
ユミナは素直に応じ、すぐ通信機と向き合った。なんか変な子だと思ったけど、思ったよりまともなのかな。ユミナの姿を見てユーキはそんなことを思う。これならモモちゃんの代わり、できるかも。
ユーキはほのかな期待を覚えた。




