23 追跡任務(その2)
ラバキア平野北部 ラバキア街道沿いの雑木林の中
帝暦1936年5月7日 23:20
「あかん、動き出したわ!」
ユモイ・卜ケタ軍曹が取り乱した声で言う。
「なに?今動くん?」
応じたのはナエリ・ウェノイ軍曹。こちらも興奮した口調だ。
「なんや、野宿してたんちゃうんか?」
こんどはホノタラム軍曹だ。
三人とも意表を突かれた形。すっかり油断していた。敵兵とはいえ人間。戦車がわき道にそれたときに、敵の野営、今夜の動きはないと確信していたのだった。
「なんで動き出すん?まさか追跡ばれたんちゃうか?」と、ユモイが言えば、
「ンなわけあるかい。うちら大人しゅうしてたやんけ」ナエリが応じる。
「騒いでもしょうがないわ。また追っかけるしかないわな」
ホノタラムが二人をなだめるように言った。
「いややわそんな。また追っ駆けっこかいな」
「もうしんどいわ。ホノちゃん、あとは頼むわ」
ユモイとナエリが同時に不満を口にした。
「馬鹿なこと言わんと、仕事や、仕事」
ホノタラムがあきれて応じる。
三人は装備をまとめ、追走を再開する。
「トタケ軍曹、本隊に連絡。敵車移動す。以上」
「はいはい。ソニア01よりソニア00……」
ユモイ・卜ケタ軍曹がぶつくさ言いながらも無線機に報告する。
「さあ行くで。二人とも、気合入れてこか!」
体力的にはきつかったが、追走すること自体は楽な任務だと、ホノタラムはそう感じている。こと銃火の真っただ中にいるよりははるかにましだ。
本物の戦場。本物の戦場は……
ホノタラムは歴戦の兵士である。幾度となく死線を潜り抜けてきた。だから己が感じる恐怖というものを知っている。そしてそれに打ち勝つことはできない事もまた、知っていた。しかし恐怖を自分の心の奥底にしまい込む事で、それをできるだけ感じない術を、長い戦場生活の中で心得ていた。
今、前方数百メートルを行く巨魁は、恐怖からは程遠く感ぜられたが、もし戦闘になれば。ホノタラムはまた、自分の心を押し殺さねばならないだろう。
恐怖。配下の二人もまた、自分と同じ恐怖を感じることがあるのだろうか。
まだなにやら不満顔の二人の軍曹を見て、何とも複雑な気分になるホノタラム軍曹であった。




