22 視線
ラバキア平野北部 ラバキア街道沿いの雑木林の中
帝暦1936年5月7日 23:20
112号車の南東側百メートルほどのところでグレナディア・ドライ、セラ・カワハヤ一等兵は、同僚の狙撃手、ルカ・ミクロハ一等兵と闇夜に紛れ警戒の任に当っている。
セラの頭には血のにじんだ包帯がまかれ、先ほどの攻撃の激しさを物語る。それでもセラはけなげにも歩哨の担当を買って出てくれているのだ。だがさすがに緊張感と疲労からか、自らの限界を感じてきていた。
「ルカ、異常ないわよね。そろそろ交代で休まへん?」
声をかけられたルカ・ミクロハ一等兵は南の方を向いたまま、じっと動かない。
「ルカ、どうしたの?」
「静かに」
「なに?どうしたっていうのよ」
「見られてる」
セラははっとし口をつぐんだ。
ルカの視線は動かない。獲物を狙う鷹の眼で、暗闇を見つめていた。やがてグランシュタインゴン公国軍の制式狙撃銃であるカラヴィナー30kを構えた。
セラは慌てて無線機のスイッチを入れジュンナイトに報告する。
「グレナディア・ドライよりグレナディア・ヌル、グレナディア・ヌル」
「こちらグレナディア・ヌル、どうした、声が小さいぞ」
「ルカが、ルカが何か見つけたようです」
「何かって何だ。グレナディア・ドライ、報告は明瞭にするように」
ジュンナイト准尉のややいらだった声が無線機から聞こえる。
セラは南の方へカラヴィナー30kを構えたままのルカに尋ねる。
「ルカ、ルカ、何か見えるの」
「見えない。暗すぎる。だけど気配がある……森の獣じゃない」
ルカ・ミクロハ一等兵は落ち着いた声で答えた。
「獣じゃないって言ってます」
と、セラ・カワハヤ一等兵がルカの言うがままに無線機に告げる。
「グレナディア・ドライ、だから何だっての!」
すぐにジュンナイト准尉からの詰問が飛んできた。
その声が聞こえたのか聞こえないのか、ルカが小さくつぶやく。
「追跡者だ」
グレナディア・ドライからの報告を聞くとすぐに、ジュンナイト准尉はユーキ・ヨウダ少尉のいる前室に向かった。
ユーキ・ヨウダ少尉は戦闘室の車長シートに腰掛け、仮眠をとっているようだ。
「少尉、付けられてる」
ユーキはパッと目を開けて答えた。
「付けられ……追跡者?」
「ああ、南側から。ルカが言うから間違いないよ。どうする」
ふと横から声がした。
「勢力はどれくらい?」
アシュカ・サイート先任曹長だった。いつの間にか目を覚まし、じっとこちらを見ている。
「わからない。ただそう多くはないはず。送り狼の類だろう」
ジュンナイトがアシュカに答える。
「どうします?少尉?」
こんどはアシュカがユーキに尋ねる。
全く質問ばかりだな。指揮官は疲れるよ。
「どうもこうも、とりあえず移動だわね。准尉、外の子たち撤収させて」
「わかった。総員撤収させる。移動準備よろしく」
ジュンナイトはそう言うと、すぐに後部カーゴに戻っていった。
「少尉。味方の合流ポイントまではかなりあります。応戦するか、それとも逃げ切り決めるか。どうします?」
相変わらず強い口調だ。指揮官としての判断を求められている。いつものことだ。いつもの。
「サイート先任曹長。全車出発準備。各所点検!逃げ切るよ!」
「了解。ボヤック一等兵。起床!起きろ!」
サイート先任曹長のブーツがミャオ・ボヤック一等兵のヘッドギアを直撃する。
「ううん……」
ミャオは頭に衝撃を受け、半分寝ぼけたまま、始動ボタンに手をかける。
戦車のエンジンに火が入った。




