20 歩哨たち
ラバキア平野北部 ラバキア街道脇の雑木林の中
帝暦1936年5月7日 21:20
グランシュタイゴン公国軍第2混成旅団第3戦車大隊第1戦車中隊第1小隊2号戦車付け装甲擲弾兵小隊のジュンナイト准尉は、車外に出た装甲擲弾兵小隊員を戦車を囲むよう三方向に配置し、歩哨体制を確立させていた。
街道以外は奥深い密林のため、見通しが効かないが、闇夜が彼らの姿を隠してくれるだろう。
重症の小銃手、サーヤ・ハシカケ一等兵は戦車に残しており、モモ・オゾンノ上等兵とともに衛生兵のユーリ・キャタガー一等兵の看病を受けているが、その他の6名は車外に出て歩哨の任務にあたっている。
街道の反対側には分隊付軍曹のナミ・ウメザー軍曹と、分隊支援射手アメイヤ・トゥトゥ一等兵 。
北東側に同じく小銃手のシルナ・ヤッハ一等兵と、墓堀の任務を終えた分隊支援射手レイヤ・セイミ一等兵。
南東側にはけがを押して歩哨の任務を買って出てくれた小銃手セラ・カワハヤ一等兵と狙撃手のルカ・ミクロハ一等兵を配している。
ジュンナイト准尉は戦車のそばで通信手のユミナ・キーオ一等兵とともに、各方向からの定時連絡を受ける形だ。もちろんいざというときにユーキら戦車兵に状況を伝える役割もあった。
「グレナディア・ヌルより各方面、報告を」
准尉がキーオの通信機に命令する。
「グレナディア・アイン。こちら異常なし」
「こちらグレナディア・ツヴァイ、状況変化ありません」
「グレナディア・ドライ、今のとこ大丈夫です」
各々からそれぞれ報告が帰ってきた。
今夜は大丈夫かな。ジュンナイトはたばこに火をつけようとして、あわててそれをしまった。いかんいかん、気が緩んでいるな。たばこの火なんて狙撃手にとっては格好の標的だ。
うちのルカもなかなかの腕前だが、敵の狙撃手の練度はすさまじい。おそらくは数組で攻撃をかけてきたのだろう。スリットを防弾ガラス越しに撃ち抜くなんて、長いジュンナイトの軍歴でも聞いたことがなかった。
敵の勢力はどれくらいだろう?狙撃チームは少なくとも2・3組はいるはずだ。それに部下たちにけがを負わせたロケット攻撃も、さらにあるのだろうか。考え出したらきりがない。
こちらは味方陣地まで逃げ戻れば勝ち、あちらはこちらの勢力圏までに戦車を破壊すれば勝ち。単純なゲームだが、主導権は敵にある。
どちらの勝ちになるか。ジュンナイトには予想つかないが、かなり自分たちのオッズが高いゲームだとも思える。だが幸い戦車兵たちとの関係も良好になったし、彼女たちと連携できれば、それなりに戦えるかもしれない。
ジュンナイトは空を見上げた。木々の間から見えるのは満天の星だった。普段なら美しいと思えるところだが、今夜は敵を利する自然の照明としか思えない。
そんな散文的な自分の感情を、ジュンナイトはあまり好意的には受け入れられなかった。
グレナディア・アインことナミ・ウメザー軍曹は、慣れない任務から解放されて少し気分が和らいでいた。危険はあるが、やはり狭い車中より車外の方が性に合う。
アメイヤ・トゥトゥ一等兵はまだ軍務についたばかりの新人だったが、武器の操作によく慣熟し、何より若いに似合わず落ち着きがあった。重たい分隊支援機関銃・マシンネガゼア42を倒木に二脚で据え置き、森の奥を注視している。
「一等兵」
ウメザー軍曹が呼びかける。
「そう気張ってると持たないぞ。夜は長い。少しは休め」
「はい。あ、でも……」
「命令だ、一等兵」
ナミは口元に笑みを浮かべて言った。
「了解であります、軍曹殿。それでは」
アメイヤは素直に言葉に従い、マシンネガゼア42から離れ、近くの切り株に腰を下ろした。
「軍曹殿」
今度はアメイヤが話しかける。
「どうした?休めと命じたはずだぞ」
「はい……あの、サーヤ……いえ、ハシカケ一等兵は大丈夫でしょうか……それからあのケガをした通信手の子も」不安げなアメイヤの声。
「貴様の心配することではないよ、一等兵。今はユーリに任せて休むことだな。それに朝になれば迎えが来るはずだ。それまでの辛抱さ」
ナミは優しく諭すようにいうと、機関銃の棹桿を引き弾丸を確かめた。それから無線機の電源を確認する。
何事も万全にしないと気がすまないナミであった。
北東側で警戒に当たるグレナディア・ツヴァイは、小銃手のシルナ・ヤッハ一等兵と、こちらも分隊支援射手のレイヤ・セイミ一等兵だった。
二人もグレナディア・アインと同じように、倒木を障壁代わりにしてマシンネガゼア42を外周に向けている。
「ねえヤッハ」
機関銃を律儀に構えたレイヤが話し出す。
「ちょっと、レイヤ、警戒中でしょ、私語厳禁。軍曹にどやされるよ」
「あの戦車の人、死んじゃったね」
レイヤ・セイミ一等兵は構わず話しつづけた。
「私ね、あの人埋めたんだ。確かタナワ軍曹って言ってた」
「だから何よ。人はいつか死ぬんだから!あんたも、私も」
シルナは語気を強めた。
「死んだ人持つの、私、初めてだった」
「何言ってんのよ、死体なんていくらでも見てきたじゃない、敵のも、味方のも」
彼女たちもまた、新兵だ。過酷な戦場に投げ込まれてまだ数か月と経っていない。
それでも進軍のさなか、戦闘を何回か経験し、恐ろしい状況を何度も乗り越えてきた。
シルナはそのことを言っているが、レイヤは反駁した。
「違うのよヤッハ。私たちは”見てきた”だけだった。戦場も戦闘も死体も、みんな見てきただけだった」
「何が違うってのよ?」
「タナワ軍曹の遺体袋。重かった……わかるかな。なんていうか、現実。そう。現実的な重さだった」
レイヤがぼそりという。普段、陽気な彼女には珍しい口調だった。
シルナははっとしたが、それを打ち消すように言い返した。
「そんな哲学みたいな話、聞いちゃいられないわ!」
「哲学なんかじゃない、現実よ!現実の話をしてるの!」
レイヤも思わず声を荒げてしまう。
「わかったから、大声出さないで……ごめん、言いすぎたわ」
シルナはレイヤの剣幕に驚き、なだめるように言った。
「重かった、とても……」
レイヤ・セイミ一等兵はもう一度つぶやいて、その視線を森の先に向けた。
それからしばらく、二人の間に会話はなかった。




