17 中尉の理
ラバキア平野北部 ラバキア街道沿いの雑木林の中
帝暦1936年5月7日 19:20
すでに日は落ちきっている。派遣した狙撃隊を解散させたミュコセキー中尉は小さなランタンの灯りの下、リイナ・ツダマ上級軍曹と向き合っていた。傍らにはホノタラム軍曹の姿も見える。
「どう思います?上級軍曹?」
ミュコセキーは短く尋ねた。
「は。成果は十分かと」
答えたのはリイナ・ツダマ上級軍曹。
「彼女らの報告によれば、内部被害は確実だと思われます。現状、我々の用いる戦力では最大限の成果だと」
「まさにその通りですね、上級軍曹、しかし……ホノタラム軍曹」
中尉が突然自分に声をかけたので、ホノタラム軍曹は少し身を固くして答えた。
「はっ」
「現在の人員と装備状況はどうか」
「は、現在部隊員数は総員15名。うち6名が先ほどの狙撃兵チームです。装備は狙撃兵を除くと小銃6、短機関銃4、分隊支援機関銃1、重火器といえそうなのは擲弾筒1、以上です」
「それだけ、ですか?弾薬は?」
「十分とは言えませんね。せいぜい2会戦が関の山です。手りゅう弾は10程度、擲弾は5発くらいですか」
リイナはその報告を聞きながら中尉の表情を注意深く観察している。武器弾薬の欠乏は、絶望的だ。冷静に考えて向後の攻撃はむつかしかろう。今までは生い茂る木々の深層に紛れての奇襲がかけられたが、敵戦車の警戒も増していることだろう。まして森を抜け、ラバキアの開豁地に至ってしまえば……
戦車のスピードは遅く、追跡は可能だが、攻撃となると……
「上級軍曹、地図を」
ミュコセキーが突如として命じる。リイナは訝しんだが、それを面に表さぬよう、腰に下げた地図ケースから軍用地図を取り出し地面に広げた。
「当該戦区の地図ですね。よろしい。上級軍曹、味方の補給処の位置はわかりますか?」
味方の?嫌な予感がしたが、リイナは地図上の何点かを指さした。ランタンの光は弱く、かろうじて地図を照らしている。
「だいぶ古い情報ですが、このマーキングしている箇所が補給処の位置となります。中尉?」
ミュコセキーは顎に手を当ててしばらく考え込んでいた。ランタンの明かりが揺らめきながら中尉の美しい顔をチラチラと照らし出している。やがて中尉が口を開いた。
「部隊を割りましょう。一隊は追跡、もう一隊は……」
リイナ・ツダマ上級軍曹は続く言葉を聞いて絶望した。
「補給処を襲撃します」
この人は正気なのだろうか?
いや、正気だろう。全くもって正気だ。その言動には徹底した合理性がある。
是非も理非をも超越した合理性こそが、まさにこの人の正気であり、原動力なのだ。
だから、リイナは、諦めた。
「敵勢力が本隊と合流しようとするのは明らかです。ラバキア街道は一本道。ですので、進路を予想するのはそれほど難かしくはありません。あれがサエカゴナヤ攻略戦に参加するのであれば、このままの進路を進むでしょう。街道を追走すれば見失うことはないと思われます」
中尉の言葉を補強するようにリイナは続ける。
「また、補給処の襲撃……徴発も現状ではやむを得ない処置かと。我々は敗残兵、正規の補給命令書も持ち合わせていません。正当な方法では補給を受けるのは不可能です」
ミュコセキー中尉は、ツダマ上級軍曹の同意を得てうなづいた。
「ありがとう、上級軍曹。敵戦車の攻撃には一定の成果を収めましたが、いまだ破壊には至っていません。我々の目標は、あくまで敵戦車の破壊、です。そのための戦力が不足してることは、皆も分かっているかと思います」
だからと言って、味方の補給処を襲うなどと狂気の沙汰だ。ホノタラム軍曹は思ったが、上官二人の方向性が一致している以上、彼女は黙っているより他、すべがなかった。
ホノタラムにはむつかしいことは分からない。ただひたすら共和国軍人としての責務に忠実であろうとしているだけだ。それは上官の意思を尊重することでもある。
だから、ホノタラムも、諦めた。




