16 高地
ラバキア平野北部 1350高地 グランシュタイゴン公国軍陣地
帝暦1936年5月7日 18:30
戦場の光景はいつ見てもすさまじい。
グランシュタイゴン公国軍第2混成旅団長、ミナ・ホリオ大佐は旅団本部のテントから眼前の光景を俯瞰し、そう思っていた。
薄暮の中、目の前に広がる高地には、公国軍のサエカゴナヤ攻略軍が陣容を整えている。約八千名の兵士が、都市攻略の機をうかがい、命令を待っていた。
砲兵隊はすでに戦闘を開始している。
後方15キロに配置された旅団所属の155ミリ榴弾砲15門がうなりを上げ、自陣の頭越しに、眼下の敵陣へ熾烈な砲撃を加えていた。制圧射撃だ。
サエカゴナヤ前面には、アラハバキ・セルコヴァ連合軍の縦深陣が敷かれ、都市への突入を阻んでいる。砲撃は、公国軍の突撃に先立ち、少しでも敵勢力を漸減させるのが目的だった。
アーモンド形をした観測気球が上空に浮かび、砲撃効果を判定したり、射撃修正をしている。敵陣のあちこちから黒煙と爆音が上がっているのが見えるが、効果のほどは知れない。
この高地の争奪戦でも相当の損害を出した。連合軍の守備意思は固い。しかし敵陣を突破しない限り、戦略目標であるサエカゴナヤに至ることはできない。
またどれほどの犠牲が出るのか。
大佐は胸を痛めたが、それ以上に、彼ら犠牲者のためにも、何としてもサエカゴナヤを陥落させねばならぬ、その意志を固くするのであった。
「大佐」
旅団参謀、コティ・キサキ中佐が本部テントに入ってきた。長い髪を後ろで束ねた中佐は、通信用紙片を片手ににぎっている。
「もうすぐ日暮れです、砲撃は……」
「夜を徹して継続するよう伝えよ。奴らを眠らせるな」
キサキ中佐の言葉を待たずに、ホリオ大佐は敵陣を激しく指さした。
「了解であります……それからそれから脱落した第3戦車大隊の112ですが……」
ホリオ大佐は乱麻の如く乱れた記憶の糸を紡ぎだし、その名前を意識のテーブルに置いた。
「確か故障したティタデレだったか」
「はい、ようやく通信が確立しまして、どうやら移動中に攻撃を受けた模様です」
「攻撃?彼女たちのいるのは味方の勢力圏ではないのか?」
大佐は少しばかり語気を強めた。後背地と思っていたエリアに敵の浸透が在るというのか。
「通信は断片的なもので、状況は詳らかではありませんが……迎えの分遣隊を送ってあります」
「すぐに砲兵隊と補給部隊に警報。もうすぐ夜が来る。後方警戒部隊の編成を」
矢継ぎ早に指示をしながら、大佐の意識はすでに落伍した戦車一両を振るい落とし、後方への敵の進出と言う事態に向けられている。旅団は突出しすぎている。地図を見れば一目瞭然だったが、サエカゴナヤ前面に向けアメーバのように自勢力が描かれている。その頂点にいるのが彼女の旅団だった。補給線は何本かあるが、後背地に敵勢力の跳梁を許すとなると、手痛いしっぺ返しを食らう可能性もある。
「中佐」
ホリオ大佐がテントを出ようとした中佐を呼び止める。
「我々がどこにいるか、わかっているな」
キサキ中佐は大佐の言葉の真意を測りかねたが、彼女が期待しているであろう答えを口にした。
「勿論であります。ホリオ大佐」
大佐は背を向ける。彼女の細い背中と夕焼けが重なり、その影をぼかしている。
「ここは敵地なのだよ、中佐。我々は深入りしすぎてしまっている。一刻も早くサエカゴナヤを落とさねば、われわれの勝利はない」




