12 狩りの後
ラバキア平野北部 ラバキア街道沿いの雑木林の中
帝暦1936年5月7日 17:15
「ウケケ、手ごたえ、あり。じゃな」
ヒルカモタリがニタリと笑う。
「わ、わかるんですか?ヒルカ兵長?」
スポッターのレイア・オゾンノ兵長は、前方を走る相方の背中を必死で追いながら言った。
射撃後は位置移動。狙撃の鉄則だ。迷彩服姿の二人が森の中を遁走している。
「さっきから大砲の音止まっちょう、あ?」
ヒルカモタリが後ろを振り向きながら続ける。
「ちゅうこたあ、中でなんかあったんじゃ。戦果じゃ戦果じゃ」
「あ、ほんとだ。でもヒルカさん、タイミング取れてましたっけ?」
「あ?きさん!何言うとるがか?あし が当てたにきまっちょうが!」
ヒルカモタリはそう言って興奮気味に噛みついたが、本当のところはわからない。三組の狙撃班によるパラレル攻撃だ。誰の弾が当たったかなんて、あの混乱の中ではっきりするはずもない。レイアはそう考えているが、ヒルカモタリは自分が有効射を実施したことを疑っているようには見えなかった。
「いいか、あし じゃ、あし が仕留めた。このまま報告に戻るぞ、ホイ」
木々の間をするすると、ヒルカモタリは軽快に駆け抜けていく。
おかしいなあ、私には見えなかったんだけどなあ。まあいいか。あれに何らかの損害を与えたのは確かだし、ひとまずは早いとこ、ここを離れたい。なにより勲章がどうのとか褒賞がどうのとか、遠い目でニタニタ笑いながら口走っている、このエキセントリックな同僚と二人きりでいることに、これ以上耐えられる気がしなかったのだ。
レイアは頭の中の疑問符を打ち消し、中尉への報告(という名の言い訳)を考えるのと、ヒルカモタリを追従するのに専念することに決めた。
「フジョさん!やった!やりましたね!」
森の中をかける二人組はカーリン・フジョ兵長とキラコ・トモスマ兵長だ。
「うーん、どうだろ?あたしの当たってた?まあ当たった気はするんだけど……」
「何言ってるんですか!あれ完全にうちらですよ!速く報告に戻りましょ!うまくいけば臨時休暇も夢じゃない!」
キラコが興奮ぎみに言った。彼女たちもまた、森の中をかけている。
あの瞬間、引き金を引いた。サイトの中にスリットが見えて。弾丸はそこに吸い込まれた、はずだ。
わからない。
手ごたえはあった。
手ごたえ?
そんなの分かりっこない。
混乱する戦場。激しい爆風と爆音。粉々になったような世界の中で、冷静に戦果分析なんてできっこない。
ただあの瞬間、あの化け物は時を止めた気がする。やったのか?いや……
カーリンがあれこれ自問する傍らをキラコが楽しげに駆け抜ける。
硝煙臭の残るスプリンセントを脇に保ち、片手でテンチャ・マザキ兵長を引きずるように駆けながら、キホ・マヌアー兵長は頭を抱えていた。
またやってしまった。
咄嗟の出来事だった。
迫りくる戦車。動かないテンチャ。戦車からの機銃音が森の中に響き渡る。
「テンチャさん!テンチャさん!」
キホが必死で同僚に呼びかけたが、テンチャはさっきと同じ姿勢のまま、片目を少し開け、すぐに閉じるだけだった。
戦車はゆっくりとしたスピードでキホたちの前を通り過ぎた。このままでは手ぶらで帰ることになる!
キホの頭の中で何かが破裂した。
テンチャの携える狙撃銃をひったくると、去り行く戦車に向かい射撃姿勢をとる。
テンチャは別に驚いた様子も見せず、ただ座り直してひざを抱え、キホのする事をじっと見ている。
「:psgじょ!!vしおzhvg;い!!」
キホはわけのわからない言葉を叫びながら、戦車に向かって発砲し始める。ボルトを引く、撃つ。またボルトを引く、撃つ。それはスプリンセントの装弾数5発を撃ち尽くすまで続いた。
テンチャ・マサキ軍曹がにやりと笑みを浮かべた。




