第4話
それからしばらくして、銀子のアナウンスが軽やかに流れるようになった。
部員が多く在籍している放送部で高い頻度で放送を受け持つってことは、やっぱりあいつって、すごい。なんて多才な奴なんだ!
そんなふうに俺は、ただ好意的に銀子のアナウンスを感心して聞いていたんだ、例のことを知るまでは。
ある日俺は偶然にも銀子のSNSの裏アカを見つけてしまった。
[『〇〇動画』でライブ放送をやっている姫です。下僕はいつでも募集中だよ♪
Mな子いらっしゃい~。
姫がいじめて、あ・げ・る!なんちゃって☆キャッ★]
…銀子、さん?
いつお姫様におなりあそばされたのですか?
「いいね!」が5万人を超えている。…嘘だろ。マジか。
見ないほうがいいと分かっていながらも、俺は知りたいという欲求に逆らえず、検索エンジンにアカウント名、『シルバープリンセスの眼鏡の魔法』を入力する。
…ふざけた名をつけてやがる。
銀子はど・こ・だ?
目を血走らせて探す。
ヒット!見つけた!
若干、手が震えがちになりながらこわごわとアクセスする。
銀子の『〇〇動画』でのプロフィール画面が映し出された。
うん?眼鏡の国からやってきた銀の髪のお姫様だと?おたふくなのに?
…ずうずうしいな。
銀子のコメントは次の通り。
{魔法をかけてあげちゃうんだから♪
覚悟するんだもん♪}
うん。君の存在自体がもうある意味魔法かも。俺は今、君に魔法をかけられているよ。
お、只今放送中の文字を発見!
おまえ勉強そっちのけで…一体何をやっているんだ!?
俺はさっそく、クリック。
すると、まぎれもなく銀子の美しい声が耳に飛び込んできた。
画面には、アニメーションの動画が映し出されている。
何これ3D画像?
銀色の髪をしたプリンセスがいる!!銀の髪が太陽に照らされた小川の様だ!輝いて、きらめいて。
すごいテクだな、おい。
ドレスもまたすごい。マリー・アントワネットが着ていそうな、ゴージャスなレース仕様。質感の表現が油絵のようで、なんともため息が出るような映像美。
しかも、プリンセスがこれまた激かわいい。イチゴのような唇に、憂いを秘めたサファイヤの瞳。ティアラが黄金で銀の髪と絶妙にマッチしている。
…銀子が自分で作ったんだよな、この画像。眼鏡の国からやってきたっていうフレーズなのに、眼鏡をかけてないのはなんぜなんだ?
あ、シルバープリンセスの服が『お姫様』使用からメイド服に変わった。
と、今度は白衣の天使に!なんか、プリンセス仕様から比べるとしょぼくなった感が否めないぞ!
コンセプトが迷走している。
別の服着ちゃったら、シルバープリンセスじゃなくなっちゃうじゃん!
って、俺は何を熱くなっているんだ?
そんなことよりも…。なんだこれは!
「萌え~。な感じだね~。」
瞳がしみじみと感想を述べる。
俺が、画像に夢中になっている間も銀子は歌うように軽やかな声で話を続けていた。
チャット機能もついていて、銀子の話した内容に対して、それを聞いているリスナーがコメントを入力しているようだ。そのコメントが、後から後からひっきりなしに次々と流れていっている。
…コメント多いな。
めちゃくちゃ人気じゃないか。
流れていくコメントは次の通りだ。
「姫~、好き!俺と結婚して!」
「その銀の髪に口づけしたい!」
「ハイヒールでふんづけて!」
「結婚しろ!」
「下僕になるから、番号教えて!」
なんだ、なんだ、なんだ!…俺さっきから『なんだ』しか言っていないし。でも言いたくなるよなぁ。異様な世界だ。
銀子がもてもて?なぜ?
いや、バーチャルな世界だからな。
でも、銀子がもてもて?
むむむ。
ああ、次から次へと、賞賛の嵐だ。銀子が、ちやほやされている…。
あげくに、姫って…。
現実社会との隔たりが大きすぎやしないか?ちょっと頭がくらくらしてきた。
銀子はリスナーの入力したコメントにたまに適当に答えつつも、自分の好きなことをひたすらしゃべりまくっていた。
いつもどうなのかは知らないが、その時は宇宙についての話をしていた。
宇宙の終わりについて?
え、大丈夫?おまえそれ…本当にあってる?
なんだよ。…高度だな。
説明している内容がわからなくなってきた…。
悔しい…。
どうでもいいが、銀子が話す内容のレベルについてこられる視聴者はどれくらいいるのだろうか?そんなにいるはずがないと思うんだが…。
ライブ視聴者は千人を超えているし…。全員が銀子の下僕なのか?まさか、な。
声がかわいいから、ただ聞いているだけで、なんとも心地がよくなってくるぞ。
癒されるなぁ~。
お!そういうことか!みんな銀子の話なんて聞いていないんだな。きっと、声の心地よさにひたすら酔っているってところか。
俺もなんだかふわふわと心地よくなってきた。
これ以上聞くと、違う扉を開けてしまいそうな気がして、ぞくりとする。
銀子、恐ろし子!
俺ははっと我に返ってそっとウィンドウを閉じた。
画面を閉じた後、俺はパソコンの前でしばらくぽかんとしていた。
これだけの才能と情熱を趣味以外のことに費やせば、とてつもなくすごいことができるんじゃないだろうか。
例えば、世界から貧困をなくすとか、破壊されゆく地球環境を取り戻すような、とてつもなく大きなことを。
俺は、銀子の天才的な頭脳が人類の為に全く役に立っていないことに、無性にはがゆくなったのだった。
いや、まてよ。
動画でかなりの資金を調達しているから本当は何かを画策しているのかもしれない。
過去の動画を確認すると60万再生に届きそうなものもある。
末恐ろしすぎる…。
それはそうと、俺がライブ放送を見たことについて、銀子には何も言っていない。
なんとなく、ね。
例え、俺があの動画を観たことを告げたとしても、銀子のことだから、
「聞いたんだ。ばれちゃったかぁ。ウフフ。
わーー。どうだった?よかったでしょ?
ね?ね?」
って、普通にはしゃいで感想を聞いてきそうだけど、ね。
なんだか、知っちゃいけないことを知ってしまった気分なんだ。だから、いっそ知らないことにしておこうと思っている。
話はかわるが、あいつって、めちゃくちゃ、ポジティブ。
だって、自ら肯定されることを前提とした質問を投げかけてくるんだ。
「いいでしょ?すごいでしょ?素敵でしょ?」
って、ね。
そういうところ、すげーよな。天真爛漫というか、うざいというか。うん、尊敬する。
「ゆきぴろ。皮肉に聞こえるよー。」
瞳がにやにや笑っている。
皮肉…かぁ。
そうだな。彼女の才能に対する嫉妬はやはりある。でも、本当に尊敬してるんだ。
銀子は行動力も伴っているから。
毎回、あいつは俺に知らない世界を見せてくれるなぁ。俺のものさしでは測りきれない人間性に脱帽だ。
「ははは!」
瞳が愉快そうに笑った。
そんなわけで、それ以来学校で銀子のアナウンスが聞こえてくる度、俺は銀子の動画活動を思い出して、背筋が寒くなるような、かゆいような、そして恥ずかしいような?…なんとも表現し難い複雑な気持ちになってしまうのだった。