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第2話

あの日から、山田銀子とはよく話すようになった。

全く他人に関心のなかった俺にも気づくことがいくつかでてきた。

 銀子のかんぺんケースにはアニメのシールが貼ってある。多分、メジャーじゃないものだ。かなりマイナーな代物に違いないと俺はみている。

そして、銀子にも、どうやら友達がいない様子。

 つまり、クラスで浮いているのは俺だけじゃないってことだ。山田銀子もどうやらかなりのくせもののようだ。

今、また見つけてしまった。

山田銀子のノートの端っこにはプロ顔まけの漫画の落書きが描かれている。薔薇の花でも背負ってそうなキラキラの目をした男だ。

うん、ここに至って俺は断定する。山田銀子は完全なるオタクと言われる人種であると!

いや、だからって差別するつもりはない。

 むしろ、差別されるべきはきもいと言われ続けてきた俺であって。だから、いや何が言いたいかというと、ひくとかそういうことじゃなくて、むしろ都合がいいと。

 だって、俺が唯一話ができるのは山田銀子だけなんだからな。俺は、この友情を大事にするつもりだ。うん。と、一人うなずく俺。

ふいに、山田銀子が話しかけてきた。

「ねぇ、山根君。部活何に入るか決めた?」

「部活?

 あ、そっか、うちの高校、部活動必須だったっけ。」

「そうだよ。

 私ね。ふふ。気になる部があるんだ!」

「…」

「ね、ね、知りたい?」

山田銀子は目をきらきらさせて聞いてきた。

「まさか、漫研?とか?」

「お!いいとこついてくるわね。ふふ。

 でも違うんだな。

 そうだ。今日ね、私のお気に入りのCDを持ってきたんだ。めちゃくちゃいいの、コレ。えっとね。私が気に入っているのが、これで、山根君向きなのが、これね!」

そう言って、袋に入ったCDをのぞきこみ、うんうんとうなずくとそれを俺に

「はい、どうぞ」

と、手渡してくれた。

「へぇ。」

俺がCDを取り出そうとすると、なぜか山田銀子は猛烈な勢いでそれを阻止するのだった。

「だめ。だめ!絶対だめ!

 学校では開けちゃだめだからね。絶対だよ。家に帰ってみて。

 それ、ヒントね。私の入りたい部活の。」

あまりの勢いに俺は圧倒され、かすかにうなずくしかなかった。

一体、何なんだ。…人に見せて恥ずかしいものなんだろうなぁ。それを、俺が見て何を思っても気にしないってことか。

…微妙な感じだ。

今時CDか…PCで再生したらいいのか。

その時、朝の補修授業の開始チャイムが鳴った。

ここのチャイムは変わっていて、オルゴールで校歌の伴奏が流れる。こうして、日々愛校心を育んでいくのだ!

うん。地味に洗脳されてる気もする。

「あれ?あれ?

 もしかして、今日単語テストだった?」

銀子が焦って尋ねるので、俺は出題範囲を教えてやった。

しかし、ただのテストとあなどるなかれ。単語帳ざっと6ページ分だが、熟語等も出題されるので、ただ単にその意味を覚えればいいというわけではない。筆記もあるしな。出題は変化球ばかりで、教材そのままの形では出されない。

はっきりいって、つけやきばじゃかなり難しい。

しかし、銀子はめげずに真剣にページを目で追っていた。

「Good morning, class!」

はきはきした声でアメリカ人のご亭主のいるグラマーの先生がすばらしい発音で挨拶しながら教室に入ってきた。この女性の先生は、厳しいことで有名だ。

授業開始の挨拶も早々にテスト用紙が配られたので、銀子は3分くらいしか単語帳を眺めることができなかったんじゃないだろうか。

制限時間は10分。

10分が経つと隣の席に座っている学生どうしでテストを交換し、答え合わせをする。10点満点中8点未満は再テスト。再テストは更に難易度があがるとの噂だ。

俺は、銀子の哀れな結果を予想して採点をした。

「ねえ、山田さん。」

「何?」

「実はちゃんと、勉強していたんだよね?」

「ううん。さっき見ただけ。満点だった?」

「うん。満点。

 まじ?」

「へへへ。

 私、暗記得意なんだよね!」

俺は昨日少なくともこの単語テストの為に、1時間以上は割いた。

見ただけで満点?なんだそれ。

「こらこら、ゆきぴろ。むっとしちゃいかんでしょ。顔に出てるよ。

 銀子の才能の一つなんだから。」

なんだよ瞳、また出てきたのか。

「こら、なんだとは、なんだ。って、コレ決まり文句だけど、ちょっと好き。ふふ。

 って、なんだよー。

 人がせっかく心なごませてあげようとでてきてあげたのに。ぷんだ。

 本当は僕がなかなか出てこないから寂しがっていたの、知っているんだぞ?」

その、小さな子供に向かって話すようなの、やめてくれ。

「山根君?山根君?」

見ると、トリップした俺の視線の先で銀子の白い手がひらひらゆれていた。

「あ、ごめん。ぼうっとしていた。満点だったよ。はい。」

そう言って、渡すと銀子はちょっと、ニヒルな笑顔をみせた。

「よかった。嫌われたかと思ったよ。」

「ああ。見透かされていた?

 ちょっとだけ、悔しくなったけど。まぁ、しょうがないよね。山田さんの才能なんだから。」

「ふふ。山根君、素直だなぁ。

 いいね。気に行った。

 山根君って、幸博っていうんだったよね。ゆきぴろくんって呼んでもいい?」

瞳に続いて、ゆきぴろ…くん。

まぁ、いいか。慣れって怖いな。いつの間にか違和感を持たなくなっていくから。

「くんなしでだったらいいよ。」

「決まり。じゃー、私のことは銀子って呼んでね!」

「う…ん。呼べるかな。それ、ちょっとハードル高いかも。…慣れるまでちょっと時間をちょうだい?」

「流石、シャイボーイ。いちいち、かわいいのね。

 オッケー。そのうちでいいよ。でも、ちゃんと呼んでね!」

そう言って笑う銀子はおたふくそのもので、なんだかやっぱり人間味にかけるのだった。

 テスト用紙を回収する間、ぼんやり教科書を眺めていると、瞳の奴がまた話しかけてきた。

「ゆきぴろーー。やったねえ。他人に山根君以外の名前で呼ばれることって初めてなんじゃない?

 あ、幼稚園の時は違ったか。でも、物心ついての初めてだ!

 僕は今、猛烈に感動している!!

 嬉しいなぁ!」

瞳の奴は何を浮かれているのか、こともあろうに授業中に、そう神聖な授業中にだ。実体化して俺の目の前に現れやがった!

俺の怒りを無視して、きゃっきゃ、きゃっきゃと小躍りしている。なんだか、怒るのもばからしくなってきてどっと疲れがおしよせてくる。

瞳!分かったからさぁ、さっさと消えてくれないかな。授業始まっているだろ。俺、銀子に遅れをとりたくないんだよね。

瞳の片眉がぴくりとあがった。その仕草に、実態でもないのになかなか芸が細かいなと、感心していたら、瞳の奴がギロっと睨んできた。

「あれ?ライバル魂に火がついちゃった感じ?

 いーーやーー。もっとこう淡い感じの感情じゃないの?

 な・ん・で?

 セピアな甘い感じを期待していたのに。

 ゆ・き・ぴ・ろ!

 ちーーがーーうーー!」

ああ、もう。だまれ!俺は猛烈な怒りを込めて瞳を睨みつけてやった。

「ああ、ご機嫌ななめ。つれないでやんの。

 ちぇっ。ちぇっ。すっごく不本意な感じ。まぁ、いいや。また後で話をしよう。」

そう言うと、やっと瞳は消えてくれた。

くっそ、怒りが不完全燃焼。いや、この思いのたけを勉強にぶつけるのだ。ああそうさ。俺のスイッチはもう戦闘モード。最初のテスト。

見てろよ銀子!!中学で越せなかった壁を今こそ越えてやるぞ!

俺は静かに闘志を燃やすのだった。


昼休み、いつもの通り一人で母親の作ってくれた弁当をつついていたら弁当が影で覆われた。

 視線を上げると、見たこともないようなイケ面が俺の前の席に座って俺をじっと見ていた。

 やはりまだまだ対人恐怖症は健在だ。俺としたことが、赤面してしまって相手の出方を待つという情けない対応。

イケ面はちょっと不機嫌そうな表情でぼそっと話しかけてきた。

「山田銀子と仲がいいのっておまえ?」

予想外の問いかけ。

 って、初対面なのに、イケ面だからって何?何でおまえよばわりされないといけないんだ?む…むかつくなぁ。

でも、俺の口から出たのは消え入るような声。

「…仲がいいって…。席が隣だから…。」

くそっ。情けない。情けないぞ、俺。

「へぇ。」

そう言って、イケ面は俺をじろじろと無遠慮に眺めた。そのあなどるような視線に俺は、はらわたが煮えくりかえるような思いでいっぱいになった。

「だったら、がつんと言ってあげちゃって。

 何を見てんだよ、って。」

…瞳の奴がまたしゃしゃり出てきた。

くそ、俺はまた強烈な視線を瞳の奴にくれてやった。

そう、瞳の奴にくれてやったはずだった。しかし、その姿は幻覚。実際、瞳の姿はそこにあるはずもない。瞳の姿の先にはイケ面の視線があった!

なんと、俺のにらみはイケ面の視線とぶつかってしまったのだ!

こら、瞳。はめたな!

どうすんだ?どうすんだ!

「へぇ。がんたれてやんの。

 なんだ、意外。おまえ、気骨あるんじゃん。

 なぁ、おまえってさ、おかまなの?」

流石に俺もカチンときた。

それに、俺の体の部位達がいっせいに、叫んでいた。

「ゆきぴろ、ガツンと言ってやれ!」

って、大合唱。

そうだ、俺に対する侮辱は俺だけに対する侮辱じゃないんだ。死んで行く俺の細胞ひとつひとつに至るまでに対する侮辱なんだ。俺には彼らの分まで俺であることに対する責任がある。

俺がしっかり怒んないで誰が怒るというんだ?

俺は一つ息をすって言ってやった。

「けんか売ってんの?」

すると、イケ面は口だけにやっとゆがめて言った。

「いや、確かめたかっただけだ。別にジェンダーで差別する気はないよ。

 だってほら、おまえって仕草がな…。なよってるじゃん。

 違うのか。

 だとすると、おまえ俺にとって脅威だよ。

 …悪かった」

そう言って、イケ面は立ち上がって去って行った。

意外に簡単に立ち去ったので、ちょっとひょうしぬけ。でも、かなりびびっていたので、ほっと胸をなでおろした。

しかし、解せぬ。

仕草がなよっているだと…。

マジか。

地味にショックだ。

目指すべき方向に「男らしさ」も付け加えることを心に誓う。


どうやら、教室中の注目を集めていたらしい。

クラスの女子は皆、イケ面の姿を目で追っている。彼が教室から出たのをきっかけに、なんと、こともあろうに女子達が俺に群がってきた!

「山根君!何?どういうこと!

 本山君と友達なの?」

「きゃー。すごい。初めて近くでみた。

 めっちゃくちゃイケてる!!」

「ねぇ、本山君ってまた来るの?」

「やっぱり背が高いよね。ね、ね、何センチあるのかな?」

「彼ね、確か184センチよ。マネージャーの子に聞いたもの。」

「え!マネージャー?

 部活何やってるの?」

「何部?何部?」

「バスケ部。」

「あーー。っぽい。めちゃくちゃ、っぽい。

 かーーっこいい!」

「ねーー。最高だよね。そんじょそこらの芸能人なんかよりもよっぽどイケてる。」

「彼、あの長身で走るのめちゃくちゃ速いし、バスケやってる時なんか、まじやばい。

 しかも、入学早々一年でレギュラーらしいよ。」

「まじで?」

「まじで!」

「きゃーー。」

いっせいに黄色い声が弾けた。

 ああ、俺、気を失いそう。

 肝心な時に銀子はいないし。いや、でも銀子がいたところで事態はさほど変わらないか。あの子も人づきあい得意じゃなさそうだし。

俺は、機関銃のようにくりだされる女子達の会話を尻目にとっととその輪を抜けだした。くそっ。弁当半分しか食ってないのに。

勘弁してくれよ。俺が何をしたって言うんだ?

廊下をとぼとぼ歩いていると、瞳の奴が羽をぱたぱたいわせて俺の半歩先から振り返って話しかけてきた。

「本当に災難だね。

 でも、ゆきぴろえらい!よくがんばった!初めてきちんと自己主張できたんじゃない?

 自分を守る為にきちんと文句言えるなんて、もう僕感激!

 今日はお赤飯を炊いてほしいくらい。」

おおげさだな。

いや、でも、俺、本当にがんばった。うん。やればできるじゃん。

って、ちょっとまて、瞳!さっきはよくもはめてくれたな!

「まぁ、細かいことは気にしない。結果、オーライだったんだから。ゆきぴろがまた一つ成長できて、僕本当に感激しているんだ!

 だけどさー、彼女達の話を総合すると、身長184センチで入部早々バスケ部レギュラーの本山君だっけ?そんな女子憧れの彼が一体君に何の用だったんだろうね。

 ゆきぴろのこと、脅威って言っていたけどさ。ゆきぴろが、一体どんな脅威になりうるというんだろうか。

 こんなに人畜無害な子もいないはずなんだけどねぇ。皆目見当もつかないなぁ。」

瞳の奴はうーんと首をかしげている。

確かにあのイケ面、なんだったんだろう。

…銀子と何か関係があるんだろうか?


銀子とイケ面。

うーーん。なんか接点なさそうなんだけどなぁ。

「そうだね。銀子に聞いてみよう。それが一番早いかもしれない。」

瞳が同意するので、俺はちょっとびっくりした。

おう、そうだな。聞いてみるか。うん。

しかし、ひっこみじあんな俺は、その日結局銀子に例のイケ面について尋ねることができなかった。

まあいい。明日聞いてみよう。

その日、家に帰って風呂からあがると、右足のすねに大きなほくろがあるのに気づいた。しかも、おぞましいことに、そこからあきらかに他の毛と違う剛毛が3本ほど生えている。

ちっ、きもいなぁ。

そう思って、ぬこうと手をのばした瞬間。

「ヤメテクレ!!」

野太い声が聞こえてきた。

なんだ、なんだ?

「なんだ、じゃない!毛は男の勲章だ!剛毛であればあるほど美しい。(恍惚)

 今、おまえが抜こうとした毛はお前の体の中でも非常に美しい毛なんだぞ。

 まれにみる太さ、そして質感。さらにいうと、げじげじとしたフォルム。

 っく、この右足の最も華麗なる部分を喪失させようなどとは、なんと許し難い蛮行。

 っく、思い出してもぞっとする。」

言っていることが意味不明なので、俺は長ったらしい演説の隙間に3本とも抜いてしまった。

これで、多少はすっきり。ふぅ。

「なにーーーーーーー!!!抜いただと!抜いた…。オーーマイ!」

「あーあ。右足君、悶絶しちゃったよ。」

ドライヤーを手にした俺の横に、ちょこんと瞳が現れた。

ああ、今の声、俺の右足ですか。はいはい。

もうあんまり驚かないな。

今からドライヤーかけるから、ちょっとほっといて。

「うん。」

俺はかまわず、髪を乾かす。

ドライヤーって春だから今はまだ爽快なんだけど、夏になると段々と暑くってめんどうになるんだよなぁ。

「ゆきぴろの髪って、カラスの濡れ羽みたいで美しいよね。とっても漆黒。肌はまるで雪のようだし、唇は血のように赤い。」

…なんだかどこかで聞いたことあるな。あ、グリム童話だ。白雪姫の容姿の形容がそんな感じだったような気がするぞ。

って、俺男だし。そんな形容うれしくない。…なんだよ、突然。

「いや、ゆきぴろって繊細な美しさがあると思って。

 …まぁ、神経質な感もあるんだけど。

 だから、僕的にどれだけ右足君がごねてもあのほくろに生えた毛を抜いたことには賛成なんだ。」

…そうですか。

何?さっきの野太い声、右足君ですか。ごねているんだ?

「とてつもなく怒り狂っているよ。ゆきぴろにすごい剣幕でつめよりそうだったから、ちょっとひっこんでもらっている。

でも、怒りのあまり、明日は右足に蕁麻疹を引き起こすかもしれないよ。」

それは、おおごとだ。…かんべんしてほしいな。

とりあえず、ムヒを手元に置いておこう。

見ると瞳の奴が驚き顔でこっちをみている。

なんだよ。

「いや、本当に動じなくなったなと思って。」

ふん。

鈍感力ってやつか?

嬉しくないが、おかげさまで見事に身に付いているみたいだよ。

「ふふふ。

 あ、そうだ。ゆきぴろ、今日銀子ちゃんに借りたCD聞いてみようよ。」

ああ、忘れていた。

そうだな。聞かないとまずいよな。

あえて、忘れていたんだけど、明日なんかすごい勢いで感想を求められそうだからなぁ。気が進まないが聞いておくか。

俺はリュックサックからおもむろに銀子からもらった袋を取り出した。中にはCDが2枚入っていた。

最初に取り出したCDのジャケットにはアニメ風な絵柄と、男の顔写真。

男はそれほどイケ面でもないにどうしたことか、薔薇の花をくわえている。その口もとからは白い歯がこぼれている。

もう一枚のCDは、またアニメの絵が描かれてある。それも、巨乳で童顔の女の子。

『お兄ちゃん百連発だぞ!』って書いてある。

説明書きのラベルがあった。

〔おねだりする時に呼ぶ、お兄ちゃん。百メートル走った後に呼ぶ時のお兄ちゃん。宇宙人にさらわれて、助けをよぶ時のお兄ちゃん。

 様々なシチュエーションでの「お兄ちゃん」がなんと百通り!

 きっと、貴方好みのお兄ちゃんがみつかるはず。

 チェケラー♪なんだぞ!〕

…。

なあ、瞳。

「何?」

俺、これ絶対聞かなきゃならないのか?

「社会勉強だと思って、レッツトライだよ、お兄ちゃん。」

俺、妹いるし。…リアルにきもいんだけど。

「きもいって、言っちゃだめなんだぞ、お兄ちゃん。」

お前、完全におちょくっているな。っていうか、楽しんでいるだろう。

「あ、ばれた?

 いやー。でも銀子ちゃん、ただものじゃないね。僕はある意味尊敬するよ。

 ほら、ゆきぴろ、ちょっと聞くだけじゃん。ね?聞いてみよう。」

俺はしぶしぶ、家族に聞かれないようにイヤホンを用意して、まずは薔薇の花を加えた男の顔写真のCDを聞いてみることにした。

すると、甘い男の声が流れてきた。

「どうしたんだい、子猫ちゃん。何?彼から連絡がこないって?ああ、けんかしたんだね。どうしてけんかしたんだい?

…(間が入る)

 そうか、そうだね。うん。君はこれからどうしたいのかな?彼が好きだから悩んでいるんだよね。うん。そうか、じゃあ、君のその素直な気持ちを素直に彼に伝えてみたらどうかな?

…(間が入る)

 大丈夫だよ。だって、君はこんなに素敵でかわいいんだから。ほら、自信を持って、涙はふいて。

 大丈夫。どんな時でも僕が側にいて悩みを聞いてあげるから。

 本当は、僕がずっと君を独占していたいんだけど。

 え?なんでもないよ。独り言。

 応援しているからさ。ほら、彼に電話するんだろ。早くかけて。

…(間が入る)

 ああ、がんばって。君なら大丈夫だよ!」

…、俺は異次元にふきとばされた気がした。

なんだ?なんだ?なんなんだ?流石の俺の鈍感力も役にはたたない。

見ろ、さぶいぼが出てるじゃないか。

やばいよ。

これを貸した銀子の意図がつかめない。

これを聞いて、一体どうしろっていうんだ?

俺は銀子にも体は男、心は女認定をいつのまにかされているのか?

俺は説明書きを読んだ。今聞いたバージョンは、「恋人とけんかして慰めて欲しい時」って、書いてある。その他、「ダイエットに挫折して、でもやっぱり成し遂げたい時」や、「親友とけんかして落ち込んでいる時」、「テストで赤点とって落ち込んでいる時」、「告白してふられた時」なんかがある。

こんなのいちいち聞いてられるか!!!

星一徹ばりにちゃぶ台返しをしたいところだぞ。うちにちゃぶ台なんてないけどな。

「まぁ、まぁ、落ち着いて。

 一つ聞いたんだから義務は果たしたよ。さっさと、もう一枚のCDに移ろう。」

瞳は口をひくひくさせて、次をすすめる。

こいつ!人の気も知らないで。

「まぁ、まぁ、ゆきぴろ!

 おさえて、おさえて。

 ね!社会勉強だよ。君のまだ見ぬ世界はたくさんあるんだ。

 その一つの扉が今開かれた。ははは。

 可能性をつぶす前に、きっちりとどんなものか吟味しなくちゃ、もったいないじゃない。入口でためらって、広がる世界に蓋をしちゃうなんてつまんないよ。」

それ、なんかただの詭弁に聞こえる。とっても空々しいぞ。しかも、途中

「ははは」

って、笑ったな?

まぁ、価値観なんて数あるものの中から、吟味して、選択することで形成されていくんだが。…それにしても、コレらって吟味の必要性を全くもって感じさせないんだけどな。

はぁ。

「はい。はい。

 とにかく、聞いてみよう。

 お兄ちゃん、百連発!ね!」

なんで、そんなに、ウキウキしているんだ。おまえ好きなのか?

まてよ。瞳は俺の一部なわけで、瞳が好きってことは俺が好きってことなのか?

いや、違う。断じて違うぞ。

とりあえず、瞳がうるさいので、俺はCDをかけてみた。英語のリスニングをしているほうがよっぽど有意義な時間だと思うんだが、しぶしぶ聞くことにした。

…。

…。

…。

…。

…。

…。

結局、全部聞いてしまった。

瞳の奴が、目をキラキラさせて言う。

「ゆーー、きーー、ぴーーー、ろーーーー!!

 僕、萌の世界がなんだか分かった気がするよ?

 だって、なんか、いいんだもん。

 ゆきぴろも、しのごの考えず認めなよ。

 よかったでしょ??」

…。

「よかったから、全部聞いたんでしょ?僕、特にコレがよかった。

〔出かけようとして、呼び止める時のお兄ちゃん〕

 これ、なんか情景が浮かぶ。

 ふふ、もう一回流して、流して、ね!お願い、ゆきぴろ!」

ちっ、しょうがないな。そこまで言うんなら。

俺が、ちょうどスイッチを押したその時、

「お兄ちゃん、食事の時間だよ。」

ノックもなしに、中学2年の妹が、俺の部屋のドアを開けた。


妹は俺と正反対。スポーツ万能で、体育会系。まだ、春だというのにすでに真っ黒に日焼けしている。ソフトボールをやっていて、たまにキャッチボールの相手をさせられる。

って、そんなことよりも、なぜ今現れるんだ。さっき嫌な予感はちらっとしていたんだが。

…。

俺は、固まってしまった。

いつものようにすぐ返事ができず、だまっていると、

「お兄ちゃん?食事!

 聞いてる?

 イヤホンはずして!」

妹が、いきなりイヤホンをとりあげた。

俺はあわてて、ストップボタンを押した。音速の速さでいて、さりげなく。まさに神業。音速の貴公子とは俺のことだ。

幸い妹には聞かれなかった…はずだ。そうであってくれ、兄の威厳なんて最初からないようなものだが、変態扱いはされたくないぞ。

妹は半分あきれながら、また繰り返す。

「お兄ちゃん?食事!

 わかった?」

「うん。わかった。今から行く。」

「全く、ガリ勉なんだから。

 悪いとは言わないけど、もうちょっと今を楽しむべきなんじゃない?

 スポーツとかやったらいいのに。」

「うん。」

「…。

 絶対しないのに、うんとか言うな。生返事ばっかりなんだから!」

ぶつぶつ言いながら、部屋を出て行った。

びびった。びびった。

まじで、びびった。妹が去った後、俺はびっしり冷や汗をかいていた。

「いや、まじで危なかったね。

 でも、あきちゃんなら、面白がってくれるはずだよ。」

瞳がなんでもないように、気楽に言うのを、俺は無視して、食事の為に部屋をでた。

鈍感力、鈍感力、今こそはっきして普段通りにふるまうのだ。

 しかし、意識すればするほど、俺の態度はぎくしゃくしているようで、妹はいぶかしげな表情でこちらを見ている。俺は、ひたすら黙々と食べ続けた。

食事の後に、妹に声をかけられた。

正直、心臓が止まるかと思うほどびびった。食事の間中、あのCDのことをいつ問われるのか、気が気じゃなかったので、ついに来たかと思ったのだ。

しかし、妹はただ食後にキャッチボールの相手をして欲しいと言ってきただけだった。いつもなら、嫌な顔をして渋るところだが、俺は二つ返事で答えると、二人いつもの公園へ。

薄暗い外灯の中、ミットの乾いたいい音が響く。

「お兄ちゃん、もっと左手のミットをこうひねってこんなふうに内側へひいたら、その反動でスムーズに投げられるよ。」

俺はめんどくさいと思いながらも、一応言われたとおりにやってみる。

「だから、そうじゃなくてこうだって!」

妹はしなやかなフォームをみせる。

言われてすぐその通りできたら誰も苦労はしないさ。妹に指導されながら?もとい、怒られながら俺は大人しくキャッチボールをするのだった。

とにかく、CDのことがばれていなくてよかった、よかった。

ってか、俺はなんでこんなにびびりなんだ?別に、俺が好んで買ったものでもないのに。

「そりゃ、ゆきぴろだから!」

俺が、声に気をとられた瞬間、妹がボールを投げた。

「お兄ちゃん、危ない!」

ボールは俺のボディへ。

無常にも、ボールは腹に直撃した。

ソフトボールの3号球は男の拳大の大きさなのを知っているか?当たったら半端なく痛いんだぜ?俺、悶絶しまくり!

せめてもの救いは顔面じゃなくてよかったってところ。そんな事態になったら俺、確実に天に召されてしまう。アーメン!

「どうしたら、いきなりよそ見なんかできるの!」

弱り目に祟り目とはこのことだ。弱った俺に妹の説教が襲い掛かかった。

瞳の奴は、どこいった?

くそっ。あいつめ。あいつめ。ほとぼりが冷めるまで出てこない気だな!

その夜、俺は怒りを勉強にぶつけるのだった。


翌朝、目が覚めると瞳の言ったとおり、右足にたくさんの蕁麻疹ができていた。

たまらなくかゆい。腹も痛いし、ふんだりけったりだ。

俺は、かくのをこらえムヒをぬると、朝飯を食べ、自転車でいつもの通学路をこぎだす。

リュックには昨日銀子に借りたCDをちゃんといれてある。

一刻も速く、お引き取り願いたい!

昨日のようなことは、もうこりごりだ。

俺は、返さなくてはならないという強迫観念にかられていた。

うん。妹だけじゃなく、親にも見られたくないしな。

これだけは俺が持っているところを誰の目にも触れさせてはならない。エロ本以上のインパクトがあるぞ、絶対に。

しかし、この恥ずかしい代物を、銀子はどうやって手に入れたのか。インターネットでの購入なら恥ずかしくないな。

まさか、堂々と購入してないよな?

うーーん。しているかもしれない。なにせ、人外の生物、おたふく様だからな。人の思惑などいちいち気にされないのだろう。



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