目覚め
「始まったか」
頬を撫でるような心地良い風が感じられなくなり、真っ暗な暗闇の中に緩やかに落ちていく。
どこまで落ちたか分からなくなるくらい長く、ゼリーのようなものに包まれている感触のなかどこまでも落ちていく。感覚が無くなって眠りについたような、何も感じ無くなったところで意識が途切れる。
目が覚めると真っ暗な、なかにいた。
落ちている感覚とは異なり、僅かに光が差し込んでいる。
“何か箱のようなものにいるようだ“
手で触った感触があり、おそらく木の箱のような狭い空間に押し込まれているようだ。
箱は押しても開かず、左右も狭く身動きが取れない。仰向けのまま抵抗しようと試みる。
先程から上から何かが僅かずつ、降り注いでいる。
無音だった世界から、周囲に人が動く雑音や啜り泣く声が聞こえてくる。
「ん?まさかワシは埋められとるのか?」
今回依代となったこの体に、自分以外の存在は感じられない。
もし、誰かに憑依したのであれば挨拶しようと思っていたが、どうやら死んで間もない身体らしい。
慌てて、顔の前の黒い木板を叩く。ドンドンドン
まだ、弱々しくしか体が動かない。
そうしている間にも周囲に気づいてもらえず、土砂が降り注ぐ。
憑依したばかりの力があまり入らない体で必死に目の前を叩き続ける。
「くそ、気づかんか」
叩く気力はあっても、血が滲んだ手では叩くスピードがだんだん落ちていった。
“今回は帰るのが早いようじゃ“
若干、喜んだニュアンスを込めて諦めようとしたところ。
上では誰かが吹っ飛ばされたような悲鳴が聞こえ、その後すぐに目の前の板が軋み、
“ダン“と大きな音がして驚いた。上では悲鳴が飛び交っている。
「フェリックス!待ってろ、すぐに地獄から連れ戻してやる」
男性の太い声が聞こえてきた。
目の前の木板に飛び降りてきた男は、箱を開けようとしているようで光が差し込む量が増える。
「ボス!死者の冒涜は許されません。お気持ちは分かりますがおやめ下さい」
この箱を開けようとしている男性は、止められているようでなかなか箱は開かない。
また、誰かが吹き飛ぶ音がする。
箱の隙間から指す光は、小さな子供の手だ。
少しの間、不自由するなと思った。
“「地獄から連れ戻す」か悪ガキだったのかのう?“
生前の宿主を悼みつつ、顔の前にある板を叩く手は止めない。
箱が開くと、熊のような大男がこちらの顔を見て驚愕している、目があった。
すぐに、大粒の雨が顔付近から落ちてきて力いっぱい抱きしめられた。
「・・・この親不幸者が」
泣きじゃくりながら、声を絞り出す。
動こうとしたが体が動かない。だらんとした姿でなすがままにされていたが、目は開いたままだ。
「おい、坊っちゃんが、坊っちゃんが生きてたぞ。すぐに病院の手配をしろ、馬車も回せ」
見知らぬ男の叫び声が聞こえる。
「それと院長の家族をすぐに捕まえてこい。次、坊ちゃんを殺したら皆殺しだと院長に伝えろ」
なんだか不穏な声も聞こえてくる。
棺桶から救い出されて見た景色は、やはり墓地だった。
広大な墓地に、たくさんの人が詰め寄せていた。
助け出された子供の姿を見た人々は絶叫と共に歓喜の声を上げたのだった。
だんだん聞こえていた声も聞こえにくくなり、安心したのか意識がだんだん落ちていき暗転した。