はじまり
爽やかな春の風が駆け抜ける丘の上、一本の咲き誇った桜から花びらが舞い散るのを感じて心穏やかに感じていた。クローバーのような緑一面の中に桜の淡い色が映えていた。
とは言っても、私はとっくの昔に死んだ身。体の五感ではなく魂で安らぎを感じている。
生前の喜びとは違った充足感があり、四季の移り変わりを見守るのは喜びであった。
そんな中、外から入ってきた一羽のツバメが桜の木を旋回し始めた。
“おや、今まで小鳥が飛んできたことなんて1度もなかったのに嬉しいの“
死後に見守っていた世界の新たな変化に喜びがじわじわ込み上げた。
「ここの居心地はいかがですか?あなたの心が望む世界は何を見せてくれましたか?」
ツバメが、桜の枝に止まって問いかけてくる。
「退屈凌ぎにちょうど良い、話をするのは久しぶりじゃ」
ツバメが来たことを歓迎して答える。
「ここは穏やかで優しい世界じゃのう」
「あなたには癒しが必要だったのでしょう、桜が咲く誇る綺麗な世界ですね」
ツバメは桜の葉を突いている。
「あなたにお願いがあって参りました。この世界全体を見守る女神様からの御信託により、あなたに“とある世界の守護を託す“というものです。
その世界には本来いるはずのない悪意の芽が入り込んでいます。あなたがこれまでの輪廻で培った“真実を見抜く裁定者の目“を持って異物の排除をお願いしたいのです」
ツバメは枝から枝へ飛び回りながら来訪の目的を告げる。
「ここの生活はワシには性に合っておる、行かねばならぬかのう?悪意の芽とやらも随分とぼんやりしたものみたいじゃな。もっと別の勢いのある奴がおるじゃろ?」
「ご心配には及びません。あなた様ほどのお力があれば嫌でも巻き込まれるでしょう。もしも、その世界で困ることがあれば、その世界の中心に位置する聖教会の聖女を頼ると良いでしょう。聖人のあなたのこれまでの知識・経験は新しい命に潜在能力として引き継がれ、その世界に適応する新たな能力も女神様より授けられます」
ツバメは言いたいことが終わったのか、飛び立って行った。
“逃れられんみたいじゃのう。とっとと終わらせてこの世界に帰ってくるとするか“
丘に吹いてくる優しい風を名残惜しそうに感じていた。