6.職場でもアピールを忘れずに!
3月下旬。
私が勤めている書店は、ショッピングモール内に店を構える書店だ。
業務内容としては、店に入荷した書籍を出し、発注やレジ対応をする。
今日はサッカー雑誌がいくつか入荷していた。
表紙を見ると『2部リーグの開幕戦終えての評価・分析』、『2部リーグ、今季の注目チームは?!』と書かれてあり、珍しく2部リーグの記事が掲載されているようだ。
それらを最前面に並べたり、平台に積み上げたりして陳列していく。
応援しているチームの記事があるなら時間がある時にPOPでも作ろうかなと、後で中身確認しようと考えながら仕事をこなしていく。
午前中は入荷した雑誌や書籍の新刊や補充の品出しとレジ対応をし、昼に1時間休憩に入る。
ショッピングモール内にあるフードコートに行き、今日はうどんな気分だったので、きつねうどんとコロッケを注文してささっと食べ、スマホでネサフをしてお昼の休憩時間を過ごす。
休憩が残り10分を切ったところで、店に戻ると吉川さんが来ていた。
在庫確認をしているのか、棚に陳列された自社出版書籍を見ては手元の注文書に書き込みをしている。
私は、吉川さんに近づいて声をかけた。
「お疲れ様です、吉川さん」
「あ、高藤さん。お疲れ様です」
吉川さんは私の声に気づいて視線をこちらに向けると、二コリと笑みを浮かべて挨拶をしてくれた。
「今日発売の雑誌と在庫の確認に来ました」
「ありがとうございます。あっ、今回パン特集だからか、午前中から売れてましたよ」
ランチ特集とパン特集の時は、毎月発売の地元情報雑誌はいつもよりも売れ行きが良い。
「順調そうで良かった。今回少しだけど、選手インタビューの記事と行きつけのお店紹介ページあるから、興味が有れば読んで」
吉川さんの言葉に私は驚く。
「そうなんですか?!今日買って帰ります」
忘れずに今日買って帰らねば!!
チームや選手に関する記事って全国紙ではほとんどないし、地元でも掲載は少ないから貴重なんだよね。
「高藤さんはお昼休憩だったんですか?」
「はい。13時までなので……あと5分ほどで休憩終わりです」
店内の時計を見てそう答える。
「そうなんですね、じゃあ、午後も頑張って下さい」
「ありがとうございます」
「あと、連絡も待ってます」
「あ……はい。そろそろ連絡出来ると思います」
事務所のホワイトボードに来月のシフト表が貼られてたから、帰るとき確認しないとって思っていたところだ。
「ほんと?全然連絡がないから、忘れられてるのかな?って不安になってた」
しゅん……と寂しげな表情を見せる吉川さんに、手を左右に思いっきり振り、全力で否定する。
「そっ、そんなことないです!」
「じゃあ、決まったら教えて下さい」
ホッとしたような顔を見せた吉川さんに私は大きく頷いた。
「もちろんです!」
「じゃあ、店長に挨拶したら帰りますね」
「わかりました。お疲れ様でした」
ぺこりとお互いお辞儀をして、店の奥にある事務所に入る。
ロッカーを開けて、身だしなみを整えていると、従業員の三村さんがロッカー横から覗き込むように、ニヤニヤと笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「高藤さーん」
「ん?どうしたんですか?」
「吉川さんと連絡ってなに〜?」
先程の会話を聞かれていたようだ。
話を濁すことのほどではないし、正直に経緯を説明する。
「前にサッカーの試合見に行った時に、会場で吉川さんに会いまして……」
「高藤さんがいつも見に行ってるやつ?」
職場の人全員、私がサッカーの試合を見に行っていることは知っているので頷きながら、
「そうです。それで次も一緒に見ることになったので、その連絡のことです」
「へぇ〜、いつの間にそんな仲良くなってるの〜羨ましいわ〜。デートね!」
「ぐっ……!」
三村さんの言葉にむせる。
「いえっ……ただ一緒に見るだけですよ」
「相手はそう思ってるかもしれないわよぉー?」
三村さんのニヤニヤとした笑みが更に増した様に感じる。
「いやいや……そんなわけないじゃないですか」
手を左右に振って全否定するが、三村さんは手を口元にあてる。
「そうかしら?……ふふっ。じゃあ、次休憩行ってくるわね~」
私にとんでもない爆弾発言を投げた三村さんは、ロッカーの扉を開けて荷物を手にすると手を振って出ていった。
……デート……いや、ただ一緒に観戦するだけだし……、でも傍から見たらデートになるの……いやいや……と動揺した気持ちのまま、午後は在庫の確認や発注、次のフェアの手配など行っていく。
考えたところで答えは出ないのだからと、気持ちを落ち着かせ、いつもの業務がひと段落すると、推したい本や話題の本をアピールする為のPOPを作成する。
サッカー雑誌の中身を確認したら、チームの記事が少しだけ載っていたので、チームの記事掲載がある旨のPOPを作成して本の近くにつける。
POPをつけたら売れるのか?と言われれば微妙なところではあるけど、しないよりマシかな。
退勤時にサッカー雑誌と地元情報雑誌を買って、帰る前に壁に貼られた来月のシフト表を見ながら、次の土日休みをどこで取るか考える。
前回の観戦からチームは勝ったり負けたりを繰り返していて、順位も中位をキープしている。
見にいくとしたら、4月上旬、土曜日開催の今年1部リーグから降格してきたチームとの試合か、中旬の日曜日、10年間1度も勝てたことのないチームとの試合どちらかだが……。
今ならどっちでも休み取れそうだから、吉川さんに連絡とって相談してみようかな……?
下旬はゴールデンウイークに入るから流石に休み取れないしなと色々考えて帰宅をした。
そしてひと息ついたところで、吉川さんにメッセージを入れる。
『お疲れ様です』
『次の試合観戦ですが、4月上旬の土曜日か中旬の日曜日、この2つで悩んでいます。
吉川さんはどちらの試合がいいですか?もしくはどちらが都合いいですか?』
そう送ってからしばらくすると、吉川さんからメッセージに返信があった。
『お疲れ様です。今日はお邪魔しました。
どちらも俺は仕事休みなので高藤さんの都合が良い方で……』
これは迷う。
まだスタグル情報とかイベント情報もまだ出ていないからなぁ。
公式サイトの試合日程を眺めていると、土曜日の試合開始時間は19時で、日曜日の試合開始時間は16時だった。
土曜日仕事を休むとなると……帰宅は夜遅くなるし、それで忙しい日曜日仕事なのはシンドイかなぁと思案する。
日曜日だったら少しは早く帰れるし、月曜日は仕事忙しくないはずだから、自分の都合でいえば日曜日の試合がいいかな?と吉川さんには、
『でしたら日曜日の試合にしようと思いますが都合大丈夫ですか?』
と返事を返した。
『大丈夫です。
あと、前にも言ったけど一緒に車でスタジアム行きませんか?
迎えに行きますよ』
日曜日で大丈夫のようだ。
あと、車で連れて行ってくれるみたいだ。
『じゃあお言葉に甘えてお願いします』
ここは好意に甘えよう。
『待ち合わせどうしようか?』
とのメッセージに、家……まで来てもらうのは……うーーんと眉間に皺を寄せて悩む。
近くのコンビニか……あ、職場のショッピングモールの駐車場で待ち合わせにしよう。
そこだったらお互い場所わかるしね!
待ち合わせ場所を伝えると『了解です』と返ってきた。
こうして、吉川さんとの次の観戦は日曜日の試合に決まった。
三村さんの「デート」という言葉がふと頭に浮かび上がった私は、首をぶんぶんと左右に振り、デート違うし!ただの観戦だし!!と自分に言い聞かせるのだった。




