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#11 カタチをください

「神崎瑠夏医師によって、被告は統合失調症と診断されています」


私の診断結果が読み上げられて、彼は保護観察処分になった。


「神崎瑠夏医師によって、医学的治療が必要とされています」


私の判断が読み上げられて、彼女は刑の執行猶予が決まった。



毎日のように、瑠夏先生、瑠夏先生、と言ってやってくる患者達。精神科医の私は、彼らの苦しみに名前をつけている。

毎日診断をしながら、精神病にかかった彼らのことを羨ましいと思うことがある。

名前をつければ、苦しみの形が分かるから。もし逸脱した行動を取っても、名前の後ろに隠れてしまえば、自分のせいにはならないから。


いいな。

私の苦しみなんか、どんな診断にも当てはまらないのに。

苦しみだけは確かにそこにあるのに、診断されないだけでこんなにも生きづらい。

私を苦しめた人々だって、診断の網を巧妙にかいくぐる。

せめて、せめてあいつらが何かの病理に侵されていたのなら、許せたのかもしれない。諦められたのかもしれない。

でも、彼らの悪意にも形は伴わない。

形が欲しい。器が欲しい。

苦しみを苦しみと言える、悪を悪だと言えるための、何かが欲しい。


そう思い続けながら、私はその何かを、目の前の人々に与え続けている。

自分じゃ絶対に手に入らないものを、誰かの手に持たせ続けている。

何かが何なのか、完全には理解できないまま。


このまま、精神科医の仕事を続けても苦しいだけだと思っていた。

でもある日を境に、私はこの仕事を唯一の生きがいだと思えるようになった。




患者と医師の関係性がこんなにも素晴らしいものであると気づいた自分は、天才なんじゃないかと思うことがある。


まず患者に台本を与える。患者の人生にストーリーを与えるのも、私の仕事だから。


「いい? あなたはこういう病気なの。病気のせいで、誰かの声に従ってしまったの」


「あなたは病気のせいで、体が勝手に動いちゃったの」


次に私が復讐したい相手を選んで、患者の手で危害を加えさせる。

患者が罪を犯すのは、“病気”のせい。だから仕方のないこと。

彼らの多くは生活に困っている。だけど厳しい刑罰は嫌だろう。

だから軽い刑罰で済むように、予めストーリーを作っておく。

大なり小なり刑罰は受けるけれど、その間衣食住はしっかり確保されている。だから患者も協力的だった。

そして何より、彼らは“病気の素質”を持っている人達。演技と本当の症状がうまい具合に合わさって、絶妙なコントラストを見せてくれる。法廷の人間を騙すには、十分な才能の持ち主だ。

加えて、私は彼らの主治医。患者が絶対の信頼を置いている存在であって、今は誰も私に懐疑的な目を向けない。

あまりに重度の患者だと適用できないけれど、ある程度の患者になら問題なく使える、画期的なシステム。


私は名付けようのない苦しみを、彼らの力を借りて対処している。

彼らは名付けられた苦しみを、私の力を借りてうまく活用している。

—こんなにうまくできたシステムがあるだろうか?



医学部以外ならお前は生きている意味がない、と罵った父。

自分のことは棚に上げて、お父さんの期待を裏切る気? と常に脅してきた母。

浪人しておきながら、私には現役合格しろとずっと強要した兄。

私が壊れかけてたのを知ってたのに、何も言わず去っていった元彼。

医学部に入った途端、早く結婚して家庭に入れと騒ぎ続けた叔父。

精神科なんて医者のうちに入らない、と貶した隣家のおばさん。


私は親が敷いたレールを真面目に歩いてきた。

兄やいとこのように逸れることなく、与えられた形をひたすらなぞって生きてきた。

とびきりの良い子のはずなのに。いくらでも褒められる価値があるのに。

その見返りがこれ?

医学を勉強する中で、唯一興味を持てたのが精神医学だった。ここだけは譲れなくて、私は外科に行けという両親の反対を押し切った。成人したのだから、1つくらいはわがままが許されると思っていた。

自分のためにした選択は、周りからことごとく批判された。


辛かった。

辛かったのに、周りに話せば「期待されてるんだよ」「悩むことじゃないよ」としか言われなくて。



でも患者は私を批判しないから、居心地が良かった。

瑠夏先生、ありがとう。瑠夏先生がいたから立ち直れた。

そんな言葉も聞けた。

私の苦しみは話せなかったけど、患者に感謝される。称賛される。患者に私は大事なものを与えている。

その感覚が、私に生きる楽しさを与えた。



もう、自分の思うがままに生きたい。そう思っていた。

だから、私の苦しみを文字通り患者に対処してもらうことにした。


あと4人。


でも私の周りで事件が起きて、主治医が私ならきっといつかは怪しまれる。そんなの分かってる。私は両親によって利口に育てられたから、そこまでバカじゃない。

だから、次回以降は知り合いの知り合いに主治医を委ねるの。彼に私のシステムを教育して、従わせる。

…難しい? そんなことないよ。

彼には、愛の形をあげればいい。偽りでも、一瞬でも。




私に苦しみの形をくれれば、それでいい。どんな手段でも、形さえあればいいの。

他の形は、愛でも慈しみでも何でも、どんなものでもあげる。




だから、私にカタチを下さい。

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