睦合!咳をしてもふたり
「彼のなにがそんなにあなたの琴線に触れているのですか?」
「なに?ヤキモチ?」
「違います。」
ニライカナイのステーションラウンジの椅子に、2人組が女性が黄色い声をあげながら腰かけている。毎日何千という人間を輸送するこのステーションにはいたって普通の光景だが、この二人の正体がヘイヴンのレベリオンパイロットだということはお釈迦様でも気が付くまい。
「ちょっと遊びたいってだけ。ゲームよゲーム。」
「またゲーム?」
「そう、今まで味わったことのない刺激に困惑する少年、可愛くない?」
「趣味がいいとは言えないわね。」
「押したり引いたり、駆け引きが楽しいのよ。」
「押してばっかりのように見えるけど?」
「セシルの見てないところでは引いてるわよ?そしたらあの子ったら踏み込んでくるもんだから、ちょっとドキっとしちゃった。」
「そう。」
シェリルの自慢話を、セシルは半分聞き流している。ラ・ムゥ行きのリニアレールの搭乗開始時刻まで、まだ1時間はある。それまでこのノロケ話を延々と聞かされると思うと辟易とする。
セシルはおもむろにスマホを取り出し、情報を集める。ネプチューンに籠っている間は、探知される恐れがあるのでヘタに情報通信を行うことも出来ない。一応最新で確かな情報は情報室で集められてこそすれ、もっと優先度の低い、あるいはくだらない話はスルーされるので、世俗とはかなり切り離される。
世間では今何が流行っているのか、一般的な旅行者を装うにはそういった情報が重要になるやもしれない。
「はい、飲み物買ってきたよ。」
「ありがとう・・・ナニコレ?」
「あずきスムージー。シークワーサー味はご当地だって。」
「あずきスムージー・・・こんなものが流行っているのね。あなたのは何それ?」
「私のは普通のシークワーサージュース。」
「私もそっちがよかったわ。」
ストローを吸い込むと、小豆の甘さとシークワーサーの酸っぱさが何とも言えない風味を醸し出す。すぐに口を離して、噛むものもないのに咀嚼する。
「一口ちょうだい?」
「ひとくちと言わずに全部でいいわよ。」
シェリルは躊躇なくあずきスムージーに刺さったストローに口をつける。そのことにセシルも口出ししない。
「はい、口直し。」
「ん。」
今度はセシルがシェリルのジュースを飲む。
「私もちょっと情報集めようかな。デートの行く先とか。」
「どこに行くつもりなんですか?」
「気になる?」
「単独行動されると危険ですから。」
「なら2人だからいいよね。」
「そういう問題ではなくて。一応彼も来客の扱いだと、忘れていない?」
その来客は荷物運びを手伝っていたが。
「セシルさぁ?そんなに私が遊馬と仲良くしてるのが気に入らないの?」
「別にそうは言っていないでしょう?彼はあくまで重要人物の護衛対象であって、必要以上に仲良くすることもないのに。」
「そう?でも遊馬といると楽しいよ?セシルだってシミュレーションに付き合ってたじゃない。」
「あれは・・・あなたがおかしなことを始めるから。」
「心配しなくても、私の相棒はセシル以外いないから。」
「そう・・・。」
セシルは強張っていた表情と背筋を直して、あずきスムージーに再び口づける。やっぱりおいしくないが、さっさと飲み切ってしまおうと喉奥へと流し込んでいく。
「ゴホッゴホッ・・・。」
「あーあー、大丈夫?」
「むせました・・・。」
その妙に粒感のある液体が気道に入りかけたので、体が反射的に防衛反応を起こした。零れた液体をシェリルはハンカチで拭きとっていく。
「それ、後で洗濯して返します。」
「しばらく洗濯できる余裕もないでしょ?ちょっと洗ってくるね。」
「すみません・・・。」
「いいって、こっち飲んでなよ。」
小豆色が染みたハンカチを濯ぐため、シェリルは一旦その場を後にする。すぐ戻ってくるとわかっていても、その後姿を名残惜しそうに見つめていた。
「まったく・・・。」
むせ返って目から涙が漏れだしてきていたのを拭い、スマホに視線を戻す。一体何故こんなおかしな飲み物が流行っているのか気になった。
「また、『イングリッド』ですか・・・。」
すると当たったのは、ある人物のインスタ。どうやらこの有名人が忌々しいドリンクを広めたらしい。そして、その人物もまた忌々しい、セシルだけでなくヘイヴンにとっても目の上のタンコブ。前の戦争の英雄の娘、イングリッド・天野川である。
(こんなところでもまた足元を掬われるとは・・・末恐ろしい。)
八つ当たり気味にイングリッドのインスタにBADを押し、他のサイトを巡ることとした。あずきスムージーそのものには罪はないが、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというもの。
「ところでさっきのドリンク、イングリッドのインスタで見たから買ってみたんだけど。」
「あなたもか。」
「前飲んだバナナ入りのはおいしかったんだけどね。」
おのれシークワーサー。肝腎機能に良いからと言って図に乗りおって。
「糖尿にもいいそうだから、お父さんに買って帰ってあげれば?」
「それはまた今度にしましょう。荷物はまだ増やせられませんし。」
「ま、持って帰るものは大きそうだからね。」
これから宇宙へ、月へ行く。そのことを忘れてはいけない。
「宇宙での活動は危険も伴う・・・。」
「わかってるわかってる。」
シェリルはセシルから顔を背けてスマホを覗いている。まったく・・・とセシルもまた情報収集に戻ろうとする。
「えっ・・・。」
「ねえ、これって・・・。」
今入ったニュースです。それはラウンジのテレビにも大きく報道されている。
『・・・現在、ニライカナイ沖合南東部の海上では戦闘が行われております。』
ニュースの中では飛行機と戦艦の攻防が繰り広げられており、SNSの写真にはその中にレベリオンの姿をみとめている。
シェリルとセシルの2人には、その戦艦に見覚えがある。
「ネプチューンが・・・。」
つい先ほどまで自分たちがいて、今も仲間たちがいるはずのネプチューンが攻撃を受けている。
その衝撃に震えているのは、この場には2人しかいなかった。




