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帰還?現実は非常

 んっ・・・。


 ビクッと体が跳ねる。目を開けると、そこには見慣れた天井があった。だが朝ではない、時計の針は午前2時を過ぎたところだった。


 夢か・・・。


 やけにリアルな夢だった。寝たままの手でカーテンを捲り、窓を開けるとにわかに柔らかな風が頬を撫でる。それがなにより僕を安心させた。


 「はぁ・・・びっくりしたな。」


 窓を閉めて寝返りを打つと、再び眠りに就こうとする。今度はいい夢を見れるように・・・。


 「・・・寝れないな。」


 心臓は未だにドキドキとしている。頭にはモヤがかってスッキリしない。


 こういう時何をするか。そう、ゲームだ。ベッドを抜け出して電気をつける。


 骨太でやり込み要素のあるアクションRPG『タイムライダー』にするか、謎を追いながらスリル満点なステルスアクション『レッドパーカー』もいい。あるいは、ここは癒し系横スクロールアクション『月ウサギのラッピー』もいい。


 (あれ、『おじょボク』がない?)


 棚の一つをゲームソフトがズラッと占有しているが、そこを眺めても『おじょボク』だけが見つからない。ゲーム機が置いてあるデッキも覗いてみたが、どこにもない。


 「まっ、いいや。どれにしようかな・・・。」


 タイムライダーはもう何周もしている。レッドパーカーのミステリーも一回クリアしてしまうとネタを知ってしまっておもしろくない。ラッピーは、子供のころから何回もやり過ぎて、やりつくしてしまった感がある。


 じゃあこれら以外だとすると・・・。


 「『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』・・・これにしようかな、久しぶりに。」


 たまには泣くのもいいだろう。ディスクをハードにぶっこむ。お菓子とジュースを用意し、セリフ送りをオートにする。映画を見るような気分で楽しめる。さあ泣くぞ。一番泣けるルートを選ぶ。


 地球にやってきたレイは、主人公と交流を深める。その中で、レイは知らない感情を覚えた。ある人が言った。それは『恋』だと。レイはいつの間にか、地球と、そこに住む人々と、そして自分と深く交流する主人公を。


 しかし、それは地球人の一面に過ぎない。レイの母星、リープの星では、地球がいずれ宇宙の癌細胞となると判断し、地球を併合してしまおうという考えに至っていた。


 地球の併合、それはリープの星と同じく管理された社会となるということ。自由というものは、真っ先に無くなることだろう。


 それを阻止するため、レイは宇宙へ帰っていく。


 『サヨナラ、地球。』

 『また会おう、だよ。ううん、今度は俺がレイに会いに行く。』


 そうして、主人公を乗せた星間航行ロケットが出発するシーンで締めくくられる。


 拍手喝采、スタンディングオーベーション。観客は皆手にハンカチをとる。


 「・・・うーん、やっぱりいいな。」


 遊馬もまた、ひとしきり泣いた。ポテチを一袋開けて、ジュースもボトルの半分ほどを飲み干した。頬を伝う涙に、画面の光が反射する。


 だが矢張りと言うか、初めて見た時ほど心が震えない。出来ることなら記憶を消して一番最初から読み直したいとは、このことか。


 「出会いも別れも、どんな一瞬も一度きり、か。」


 昔、父がそんなことを言っていたことを思い出した。


 さて、あと2時間ほど日が昇ってしまうが、眠気が湧いてきた。すこしでも寝ることとしよう。寝る前にはトイレに行って、歯も磨きなおす。


 自分の部屋へ戻る前に、ふと父の部屋の前を通る。さすがにもう寝ているだろうが、そっと戸を開けて覗いてみる。


 (まだ起きてたか。)


 机に向かって、仕事を続けているようだった。まあ、在宅勤務でいつものことだ。


 父は作家である。男で一つで僕を育ててくれている。


 そんな父の仕事を邪魔せぬよう、静かに床に戻った。


 (一度きり・・・か。)


 今日という日は、一度しか来ないように、感動との出会いも一度きりしかない。


 『エイリアンは恋ウサギの夢を見るか?』には、いくつものルートがあるように、いくつもの顔がある。泣きゲーとして、ある時は大いに笑うコメディだったり、ある時は冒険の香り漂うスペースオデッセイであったり。


  遊馬が最初に見て、泣いた感動も、あの瞬間だけのものだった。だからこそ、遊馬はこのゲームを『泣きゲー』と評した。


 「バミューダの出てくるルートは・・・やめやめ、寝よう。」


 少し、夢の続きを思い出してすぐに忘れた。夢の続きを見ることなどそうそうない、もう遊馬には関係のない話だ、今度は夢を見ることもなく眠った。


 翌日。と言ってもほんの2時間ほどで、遊馬は目が覚める。朝食の準備をしなければ。


 「お父さん、は寝てる。」


 一仕事終えたのだろう、父はベッドに横になっていた。まあ、よくあることだ。起こすこともなく自分だけ朝食を食べると、もう一人分をラップをかけておいておく。


 「いってきます。」


 身支度を整え、鞄を手に家を後にする。今日はいい天気だ。道を歩いて、横断歩道を渡って、電車に乗って、学校へ向かう。


 (なんだろう、この違和感?)


 ふと、何かがおかしいと気が付いた。だが一体何がおかしいのかまではわからない。夜更かししたせいか、気のせいだろう。自分と同じ制服の学生も、車内にはチラホラ見える。彼らに何かおかしいところはない。きっと気のせいだろう。


 電車を降りて、また歩く。そこでも違和感がまた湧いてくる。今度はもっとはっきりと。


 (あんなビル、あったかな?)


 なんだか、街並みが違って見える。疑問が脳と心を占めてくるが、そんな不安から逃げるように学校へと歩みを進める。


 「ここ、だよな?」


 学校も、なんか違う。同じ制服の生徒たちが入っていくが、なんか違う。


 そして、その違和感の正体に至る。


 「なんで・・・美鈴がアイドルやってんの?」


 誰もがそのアイドルグッズをカバンにつけたり、スマホで情報を見ている。歩きスマホをとがめるよりも、まずそんな疑問が湧いた。


 「しかも、名前が『イングリッド・天野川』?いや、別人なのか?」


 遊馬も自分のスマホを取り出して、情報を集めてみる。しかし、ドノページを見ても出てくる名前と、遊馬の知っている美鈴としての情報が一致しない。しかし、その写真に写っている少女は、間違いなく西園寺美鈴で間違いないのだ。


 「しかも、これって・・・。」


 『カサブランカMk.Ⅱ』、遊馬の知っている純白のカサブランカとは違う、黒を基調とした後継機。その活躍が報じられている。アニメ情報サイトではなく、ニュースサイトで。


 「どう、どう、どうなってやがんだぁあああ!?」


 思わず、大きな声が出たが、すぐに口を押えた。そそくさと隅に移動して、引き続き情報を集める。


 『侵略者アダムとの戦争終結から17年』『英雄の娘、アイドルデビュー!』『露帝と米連合の争い激化』etc・・・そのどれもが、遊馬の記憶には無い『歴史』のニュースである。


 「なにが・・・どうなってんだ・・・。」


 みるみる内に血の気が引いていくのを感じた。どこかで何かが狂った。いや、狂ってるのは、自分の方か。


 まだ夢見てるんだろうか。それとも、夜更かししたせいで頭おかしくなってるんだろうか。まだ朝だけど、帰って寝よう。


 そう思い至った時にはすでに、来た道を戻って電車に揺られていた。


 行きの電車は非常に混んでいたが、戻りの電車はそれほどでもなく、普通に座席に座ることが出来た。しかし、夜更かしをしたというのにちっとも眠くはならない。代わりにスマホで情報を集める。


 (レベリオンの開発競争激化、人類同士の争い・・・僕の知ってるカサブランカのストーリーでもない・・・。)


 確かに、ラストではそういう顛末を示唆していたが、そうなる前に物語はエンディングを迎えた。


 気が付くと、遊馬は自分の家の前にたどり着いていた。父はまだ寝ているようだったが、置いておいた朝食は片づけられている。食べてまた寝たのだろう。遊馬も休もうと、制服の上着を脱いでベッドに横になる。


 ピンポーン♪


 しばらくして、家のインターホンが鳴った。こんな時間に誰だろう?と遊馬が玄関を開けた。


 「動くな!」

 「ひえっ!」


 直後、その行動の迂闊さを呪い、唐突さに驚かされた。いきなり武装した男たちが、玄関から突入して遊馬に銃を突き付けてきた。それと同時に、リビングの方から窓ガラスの割れる音がしてくる。


 「そいつを連れてこい、抵抗するようなら痛めつけても構わん。ただし殺すな、利用価値がある。」

 「了解、これより片桐和馬確保に向かう。」


 武装した男たちはどんどん増えていき、遊馬はグルグルと目が回り始めた。

 

 「おら、立て!」

 「ぐえっ!」


 直後に、脇腹に走る痛みが、これが現実であると主張してくる。遊馬は立たされて、二階、父の私室の前へと向かわせられる。


 「開けろ!お前は包囲されている!こちらには人質もいる!」


 銃を突きつけられながら、遊馬はその光景を見ている。


 やっぱり夢を見ているんじゃないだろうか。早くもそんな考えが脳をよぎる。先ほど蹴られた脇腹がまだジンジンとしているにもかかわらず、だ。


 「おい、何をしている。早く蹴破れ。」 

 「しかし、あまり手荒にすると・・・。」

 「生死は問わないという指令が下りた。」


 既に手荒なことをされているのですが。ざわっ・・・と武装集団にも不穏が空気が流れた。


 「よし、では突入するぞ・・・GOGOGO!」


 扉がショットガンで破壊され、武装した男たちが入っていく。家がドンドン壊れていく。生まれ育って17年にもなる愛着のある家が。


 直後、鉄の拳が飛来し、壁を突き破って男の1人を叩き潰した。


 「うわぁああああ!」

 「ヤツが来た!攻撃開始!」


 生き残った男たちは、手に持った銃でその拳を攻撃する。壁の向こうには、鋼鉄の巨人が見えた。


 「ひぇえええええええ!!!」

 「あっ!」

 「放っておけ!」


 が、遊馬は脱兎のごとくその場から遁走すると、自分の部屋に逃げ込み、ベッドに滑り込んだ。


 「なん、なんなんだよ!!この状況は!」


 もうわけがわからん。夢から覚めたかと思えば、まだ夢を見ているような状態で、いきなり襲撃を受けたと思ったら、ロボットが現れて・・・もう夢でも現実でもどっちでもいい、この状況から逃避したかった。


 こういう時はどうするか。そう、ゲームだ。


 しばらくして、銃撃の音もしなくなっていたことに気が付いたが、そんあことよりもそんなことだ。家そのものが揺れた結果、棚からゲームソフトのケースが落ちてしまっている。


 「!・・・これは!?」


 そのうちの一つ、ゲームソフトではない、携帯ゲーム機を見つけた。


 「ゲームPODネクス・・・。」


 夢の中で何度も見た、そのゲーム機に導かれるかのように手を伸ばす。


 途端、急に部屋が暗くなった。窓を見ると、先ほどのロボットがこちらを見ていた。


 『見つけた!』


 ロボットは何かを言った気がした。だが、それが何だったのかを判別する前に、遊馬はゲームPODネクスの電源を入れた。


 ゲームソフトは『ダークリリィ』、選択するのは【CONTINUE】

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