手繋!暗闇は続く
溶けた自分の髪のニオイやら、周囲の血みどろの腐臭やら自分を包むニオイは多くあるが、今は目の前の硝煙のニオイが遊馬の感覚をとらえて離そうとしない。
「アシュリー、それ置こうか。」
やっとの思いで出たのはそんな中途半端な諌めの言葉。そしてそれにアシュリーも黙って従った。
立ち上がった遊馬は、今頃になって襲われた痛みと恐怖に震えるが、それをぐっとこらえる。
やはり、子供の前で武器を振りかざしたことが、悪い教育になってしまったのか?なんて冗談は言える状況ではない。この暗闇の回廊からは一刻も早く立ち去りたい。また襲われちゃかなわんし。
「あー、なんだ・・・。助かった、ありがとう。」
「うん。」
こういう時、親ならどういう風に叱るものなんだろうか。少なくともアシュリーの親は参考にならない。真似したらそのまま殺されかねないことだし。
そう、灰が風に捲られていくように、だんだんと明確に思い出してきた。アシュリーの父親を撃ち殺したのは、アシュリーだった。夫婦喧嘩の末に母親は父に殺され、次は自分の番だと追いかけまわされ、抵抗の末にアシュリーは銃の引き金を引いたのだった。
「・・・行こうか。」
「うん・・・。」
グリップには自分の物ではない熱がこもっている拳銃を拾い上げる。それと同じ温かさのあるアシュリーの手を握るが、顔を見ることはしない。
このままではいけないよな、と考えつつも何を話せばいいものか。遊馬は怒られたことはあっても、叱られたことが無かった。自分の経験も参考になりそうにない。
そういえば、あの親父は息子の出立にも立ち会わなかったな。放任主義と言えば聞こえはいいが、あの父とは何ひとつ接点がない。まあ、日常的に暴力を振るわれるよりはマシかもしれないが。
(・・・いや、アシュリーにとってはそんな暴力こそが親との接点だったのか。)
事件の真相について、アシュリーは何も喋らなかった。警察もまさかこんな子供が犯人だなどと思わずに、無事に事件は迷宮入りした。
「アシュリー。」
「なに?」
「・・・もう銃は持つんじゃないぞ。」
「・・・わかった。」
アシュリーの手を握る指に、ぐっと力が入る。次に離すことがあるとすれば、それは一人だけで逃がす時だけだ。
『シュルルルルルル・・・』
戦闘はあくまで手段のひとつでしかなく、絶対ではない。時には避けるのも賢い判断というものだ。
(今度は、そっと通り抜けようか。)
(わかった。)
ひそひそと空気が擦れるような音で言葉を交わす。




