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百合咲き誇る庭  作者: 洲央
3/3

この世のすべてを描いた画家

 Twitterで募集した「色鉛筆」と「髪型」のお題で即興で書いた百合です。

「これで、この世のぜんぶを描いてよ」


 幼なじみの愛奈は変な奴だったから、私の誕生日にいつも年齢と同じ数の色鉛筆をくれた。それで私に絵を描いてくれってせがむんだ。もちろん、ぜんぶの色を使ってね。


 幼い頃は本数が少ないから簡単だった。野菜のプレートを書けばだいたいの色は間に合うからね。


 でも、12歳くらいから徐々に大変になってきた。


 考えてみてほしいんだけど、絵に使う色って意外と少ないんだ。そりゃ世界には無数に色があるけれど、絵にしたら単純化されるし、重ね塗りした方がいい場合だってある。


 それでも私は頑張ったよ。愛奈が喜んでくれるから、何とか絵のアイデアを捻り出して画用紙に歳の数だけ色を塗ったんだ。私の年齢は愛奈の年齢でもあったから、あれは二人の記念碑みたいなものだった。


 愛奈はいつも言ってたっけ。


「世界には無限に色があるのよ。だから私たち、いくつになってもお絵かきできるわね」って。


 私の目よりも、愛奈の目は世界の色をしっかり捉えられていたんだろうな。


 私は絵のコンクールで賞を取ったりしていたんだけれど、愛奈に贈る絵は何のコンクールにも出したことがなかった。だって、それを評価できるのは愛奈だけだからね。


 高校生になって、私は美術科に入った。絵を描くのが好きだったし、近くの高校にけっこう有名な先生がいたんだ。ラッキーだね。


 愛奈も同じ学校に入学したよ。もちろん。私たちは生まれてからずっと一緒だった。出産後のママたちの病室まで一緒だったんだからね。個室が取れるお金がないってのも、一緒だったんだ。


 色鉛筆の習慣は高校生になっても無くならなかった。愛奈は私に16本の色鉛筆をプレゼントしてくれた。その全部が削れなくなるまで、私は好きに絵を描いた。


 楽しかったな。放課後は愛奈がいつも美術室にやって来て、私のデッサンのモデルになってくれたんだ。


 最初は真面目な顔で私を見ているの。それなのに五分でもう終わり。動くなっていうのに、愛奈はいつもチャーミングに笑うから、私のスケッチブックにはいつだって笑顔の愛奈。


 いろんなことを話したのに、何を話したのかよく覚えていないんだ。でも、いくら話しても時間が足りなかったことは覚えてる。


 冬の帰り道に肉まんを買って半分こした時にさ、愛奈は「湯気も描ける?」って私に尋ねたんだ。液体とか気体って難しいんだけど、愛奈に「描けない」なんて言えないから、「もちろん」って答えたよ。


 愛奈は「じゃあ夜は?」って聞くから、「それも、楽勝」って答えたんだ。


 それから愛奈は色んなものの名前を挙げた。私はそのぜんぶに「描ける」って答えた。そしたら愛奈は「彩羽いろははこの世のぜんぶが描けるんだね!」って笑ったんだ。



 その通り。私はこの目で見られるものならなんだって描ける。胸を張って答えて、二人で笑いあったっけ。


 高校2年生になって、愛奈は17本の色鉛筆をくれた。この時まで、彼女は腰くらいまでの長い髪の毛を風になびかせて誇らしげに輝かせていたんだ。


 私は17色を使って愛奈を描いた。野外で、桜の木の下に立つ、美しい黒髪の彼女を。


 その絵を愛奈に渡したら、「これ、コンクールに送って。お願い」なんて言われてさ。気が進まなかったけど、愛奈が言うならって送ったよ。タイトルはもちろん『愛奈17』で。


 それが全国の金賞を取って、私は一躍時の人。愛奈は嬉しそうだったな。涙を浮かべて、私よりも喜んでくれた。


「これで残ったね」なんて、意味分からないこと言って私に抱きついてきたの。


 愛奈の心臓がとくとくとくとく動いてた。ふわふわで、あったかい身体。愛奈は春みたいだった。


 桜が散って、青い風が吹いて、気温が徐々に上がっていって、愛奈は学校を休みがちになった。


 体調が悪いってことしか言ってくれなかったから、私は何も知らないで絵を描いていたんだ。愛奈からもらった色鉛筆で、彼女が好きそうな景色を描いてプレゼントした。


 愛奈はいつも全力で喜んでくれた。


 なんでそんなに喜ぶのって聞いたら、「今が一番うれしいから」って愛奈は答えた。私にはよく分からなかったけれど、これからずっと愛奈を喜ばせたいって思ったんだ。


 18歳になって、愛奈からまた色鉛筆をもらった。でも、今回は郵送だった。愛奈はもう、学校に来なくなっていた。


 私は愛奈に会いたかったけれど、彼女がそれを許してくれなかった。


 仕方ないから、私は18色を使って愛奈へ贈る絵を描いた。美大受験のための息抜きにちょうどよかったし、私もけっこう成長したから、世界は18色じゃ描き切れないってようやく分かってきていたんだ。


 愛奈はすごいよ。ずっと昔から、世界には色彩が溢れているって知っていたんだろうね。


 私は髪が短いし、愛奈みたいに髪質も良くないから、いつも髪型はショートカットだったんだけれど、愛奈のように伸ばし始めた。会えない寂しさを埋めようって、絵ばっかり描いた。


 季節はすごい速さで過ぎていって、私は受験に合格した。


 そこでようやく、愛奈から面会の許可が出たんだ。


 私は愛奈のために描いた何百枚もの絵を持って病院へ急いだ。冬が終わりかけていて、灰色の世界に徐々に色が差し始めている季節だった。


「彩羽」


「愛奈!」


 抱きしめると、愛奈はすっかり細くなっていた。がりがりで、冷たい身体。まるで冬の忘れ物みたいだった。


「すごいね、彩羽!」


 美大に合格した話をしたら、愛奈はとても喜んでくれた。落ち窪んだ眼窩に涙まで溜めて、私よりも嬉しそうに笑った。


「描いたんだよ、愛奈に」


 私は会えなかった時間の分だけ絵を持ってきた。愛奈は一枚一枚それを眺めて、ぜんぶの感想を言って、「ありがとう、大好き」って言ってくれたんだ。


 私は出会ってから初めて愛奈に頼みごとをした。2つだけね。


「愛奈、描かせてよ。今のあなたを」


 1つ目のお願いに、愛奈は顔を曇らせた。


「今の私なんて……」


 その先は言わせなかった。私はもうスケッチブックを取り出して、短くなった18本の色鉛筆を手にしていた。愛奈は観念したように肩をすくめて、いつものように私を見つめた。


 愛奈みたいな髪形になった私は、すっかり葉を落とした愛奈を描いた。


 裸の頭皮は戦いの跡。霜が降りたようなその白を、私は何よりも美しいと思った。


「できたよ」


 愛奈に絵を見せると、彼女はすごく嬉しそうに「私、こんなに綺麗じゃないでしょ」と言った。私は「そんなことないよ。愛奈は綺麗。世界で一番綺麗だよ」と、彼女に真実を教えてあげた。


 そして私は愛奈を抱きしめて、「大好き……どこにもいかないでよ」と2つ目の頼みごとを口にした。


 愛奈は私に抱擁を返しながら「大好き。でも、私は逝くよ」と囁いた。


 病院を出ると、無神経な灰色が空を覆っていた。


 19歳の誕生日には、色鉛筆が届かなかった。


 だから私は自分で買って、自分勝手に愛奈を描いた。


 髪の毛もあって、笑顔で、生命力に満ち溢れている19色の大好きな人。


 年を経るごとに私の絵の仕事は多くの人に評価されて、世界の色はどんどん増えていった。それを可能にさせてくれたのは、ぜんぶ愛奈だった。


 だから私は愛奈を描いた。いくつになっても、今の愛奈を想像して、私は描いた。そうすれば、そこに愛奈が生きていてくれると信じていたから。


 私の色鉛筆がついに100本になって、私の髪が真っ白になって、私がようやく愛奈に追いつく時がやって来た。


 たくさんの色を使って世界を描き、たくさんの後輩を育てて世界を広げ、たくさんの愛に満たされた人生を送ってきた。もう思い残すことはない。私はすべてに別れを告げた。


 そして私は、最後の一枚をついに完成させた。


 100色を使って描いた、私と愛奈が並んでる絵だ。笑い合っていて、髪の毛が黒くて、いつかのように桜が舞っている。


「この世のぜんぶは描けたかしら?」


 愛奈の問いに私は答える。


「もちろんよ。だって、私は毎年あなたを描いてきたのよ」


「あら、私だけを?」


「そう。あなただけを。それが私の、この世のぜんぶ」


 それを聞いて愛奈は小さく頷いた。


「じゃあ、この世に描き残しはないのね」


 私も笑って、それに答えた。


「ええ、だから101本の色鉛筆をちょうだいな。次はあの世のぜんぶを描くから」


 愛奈は嬉しそうに両手を広げて、満面の笑みで私を受け止めた。

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