第32話.ショタコンの帰宅
ハッと目が覚めた私は、ガバッと身を起こした。見れば自分はすでに私服に戻っており、ここはどうやら店のバックヤードであり、私は休憩用の長椅子の上にいるらしい。
「お目覚めになりましたかっ?! 坊っちゃんが心配しておられますわよ!」
「……マダム。私、何で……あっ」
何で気絶したのー? って訊こうとしてしっかり思い出した。ああーーっ、ラルフ君め、やっぱり小悪魔ちゃんだった! 恐ろしいラルフ君だ!
あ、あんな完璧なショタに、少し赤く染まった真剣な顔で「おれのおよめさんになってほしいくらい」って見上げられながら言われてみ?!
みんな間違いなく気絶するよ?! 破壊力すごかったからね!! ラルフ君の言葉の破城槌が私の心臓の扉をドカーンッ、だよ!!
こんなすごいことが一ショタコンである私の身にあっていいのだろうか。もしかして、もうすぐ死ぬのかな?
私は思い出してふしゅーと赤くなりながら、大きく溜め息を吐いた。攻略対象の台詞には真顔で対応できるのに、ショタには滅法弱くていけねぇや。
するりと長椅子から降りると、マダム・ベルタンが丁寧に包装された平たい横長の箱を運んできた。
「ドレスのサイズは問題ありません。ただし、創立祭まで、少しでもお太りになりましたら、着られないとお思いになってくださいねっ!」
「はい、ありがとうございました」
その後お金を払って(ドレスの出来に比べてすごく安いと思う値段だった)、ドレスの入った箱を受け取った私は、ご機嫌なラルフ君と共に店を出た。
「一緒に来てくれてありがとうね」
「ううんー、いいんだ。ふふふ」
うん、可愛い。
ごほん。とは言え、そろそろ帰らなきゃだよね。大体二時間くらい連れ回しちゃったし、機嫌も良さそうだから大人しく帰ってくれると安心できるんだけど。
ついでに言えば、父親であるブレナン氏が帰ってきてくれてたら完璧。
「ラルフ君?」
「なに?」
「そろそろお家に帰ろうか」
結構直球で言っちゃったな。自分でもそう思いながら彼に視線を合わせる。
ラルフ君は目を見開き、そして緩やかに不満げな顔になった。唇がツン、と少し尖る。
「……でも」
「みんな心配していると思うよ?」
「だって、パパは……」
「お父さんだって、ラルフ君のために早く帰ってきてくれるはずだよ。その時、ラルフ君がいなかったら、心配するよね?」
「…………」
聡い子だから、俯いて、空色の瞳を向ける先をふらふらさ迷わせて、一生懸命呑み込もうとしているのだろう。
そんな彼のふわふわした頭を撫でる。
「帰ろう」
「……うん」
そして私たちは静かなまま、ラルフ君の家へ向かった。
――――……
なかなかに立派なお屋敷の正面にやって来ると、何やら門の向こうの玄関扉の前で複数の大人が揉めている様子だった。
その中の一人、少し渋い金色の髪の男性が不意にその深い青色の目をこちらに向けた。直後その目が見開かれる。
「ラルフッ!!」
「パパッ!!」
沈んでいたラルフ君の顔がパッと明るくなって、私に背を押されて、彼は軽やかに駆け出した。門をくぐったところでブレナン氏に抱き上げられ、抱きしめられる。
「すまなかった、ラルフ! どうしても後回しにできない仕事だったんだ!」
「いいんだパパ! おれ、パパがいてくれるだけでうれしいんだから!」
「ああ、無事で良かった……」
嬉しそうに抱き合う親子を見つめ、私はふっと穏やかに微笑んだ。ここは静かに退散しようかな、そう考えて大きな箱を抱え直す。
「あのね、パパ。きょう、おれ、あのおねえさんのおかげで、いろいろたのしかったんだ!」
「そうか……ああ、そこの君。待ってくれないか!」
おっと。
ブレナン氏に呼び止められてしまい、私は仕方なく立ち止まって振り返った。
ラルフ君を抱いたままこちらにやって来るブレナン氏。お、おう、結構若い、イケメンパパだな。
「ありがとう、息子を無事に送り届けてくれて。それに、とても楽しかったようだ。感謝してもしきれない」
「ああいえ、いいんです。私も楽しかったので。むしろ、ラルフ君を勝手に連れ回してしまって……」
「いいや、いいんだ。君がそうしてくれていなければ、息子は今日、帰ってきてくれていたか分からない」
うーん、子供だからなんだかんだ言いながら帰ってきそうだけれど。
「私が仕事を入れてしまったのがそもそもいけなかったんだ。本当に、ありがとう」
そう言ってブレナン氏は微笑んだ。私は「いえいえ」と言いながらペコリと頭を下げる。
ブレナン氏に抱かれながら、ラルフ君はにこにこして私に手を伸ばしてきた。幼げなその仕草が可愛らしくて、私はくすりと笑って一歩、その小さな手に自分の手を重ねながら歩み寄る。
「おねえさん、あのね」
「なぁに?」
重なった手を見つめて「ふふ」と笑ったラルフ君は、空色の瞳を私に向けてゆるりと細める。
「またきてくれる?」
小首を傾げ、私を見つめるラルフ君。
うぐっふ……やっぱり小悪魔ちゃんだ。
内心鼻血と共にガッツポーズを決めながら、私は頷いて「うん」と答えた。ラルフ君は顔を輝かせ、ブレナン氏も笑って「是非来てくれたまえ」と言ってくれる。
「じゃあまた」
「おねえさん、ありがとー!」
「うん、またね!!」
笑顔と共に踵を返した私は、直後キキーッとブレーキをかけてブレナン氏とラルフ君を振り返った。
「あの……」
大事なことを訊かなきゃならないんだった。
「国立シェイドローン魔法学園は、どっちの方向、でしょうか……?」
まだ絶賛迷子中だった。あはは。
そして私は久々にショタ成分で癒されてつやつやになり、ドレスも受け取れて、無事に寮に帰ることもできた。
前半は絶望的だったけれど、後半は潤いがすごかった。無事に帰れたから、ラタフィアがとても喜んでくれた。抱きついてからの「無事で良かったですわ!」て、ママか……
その後、ふふんふふん鼻唄を歌っていたら「何か良いことありましたかー?」って通りすがりのカイルに訊かれた。
にこにこしながら「ちょっと」と答えると、彼は「ふーん、よかったですねー」とあんまり興味無さそうな返事をする。何故訊いたんだ。
創立祭は目の前だ。美味しいものをたくさん食べることと、面倒事を避けることが目標である。
何か一つ、素敵な出来事でも起きて、リオへのお手紙に書けると良いんだけど。
私はそんなことを考えながら、今日のことを手紙にすらすら書いて、封をしてから眠った。




