第31話.ショタコンとデート?
ラルフ君が寂しげに語った話を軽くまとめるとこうなる。
今日はめでたくも彼の誕生日なので、一日一緒にいる約束をしていた大好きなお父さんが、急な仕事でラルフ君に一言もなく出掛けてしまった。
王宮での仕事だから、私事では休みにくい。ラルフ君はそれを理解しているからこそ、余計に溢れるやるせない気持ちで悲しいのだと言う。
それを聞いて私は思った。
ブレナン氏、絶許では? と。
いや、もっと許しがたいのはブレナン氏の上司か。勝手なことしやがって。断りにくい急な仕事とかパワハラかよ。
「おれ……いけないこ、かな……?」
話しているうちに目が潤み始めたラルフ君が、そう言いながら私を見上げた。泣くまい、とへの字になった唇は震え、うるっとした目はしぱしぱと弱く瞬きを繰り返している。
「ん゛んっ……そんなこと、ないよ」
尊みが強いぃぃぃぃっ!!
うおぉぁぁぁぁっ!!
私はめちゃめちゃに首を横に振って、彼の言葉を否定する。お誕生日に、大好きなお父さんと一緒にいたいと思うことは間違っていないし、どんな事情であれ、一言もなしに出ていくお父さんが悪い。
これで仕事を猛スピードで終わらせて帰ってくるとかだったら、挽回できるけどなぁ。どうかな、ブレナン氏。
そっか、と俯くラルフ君。私はその横顔を見つめて「……よし」と一人頷いた。
「ラルフ君」
彼の前に移動して膝を折り、視線を合わせる。上目遣いに私を見る空色の瞳は微かに潤んでいて、とても綺麗だった。
「ちょっとお姉さんに付き合ってくれないかな?」
そう言ってニッと笑った私の顔を、ラルフ君を不思議そうに見つめ返したのであった。
―――――………
いやぁ~、天国かな。
私はゆったりと歩を進めながら、隣を歩くラルフ君のふわふわの頭を眺めた。彼は今、手の中のアイスに夢中なので、私の一見して慈愛に満ちた邪な視線には気づかない。
よ、邪って言っても、悪いことしようとしている訳じゃあないからね! ただ、ちょっと可愛すぎてどうしようかと思ってただけだから!
「ふふ、つめたくて、おいしい」
「ぐふっ!!」
ちろり、とバニラアイスを舐めたラルフ君の言葉の様子が可愛すぎてちょっとお姉さん、心臓にクリティカルヒットだわ……
私が良からぬ声を出したことにびっくりしたのか、空色の目を丸くして、ラルフ君がこちらを見上げる。
「おねえさん、だいじょうぶ?」
「ごほん、うん、大丈夫」
「うーん……アイス、いる?」
「おふぅっ!!」
駄目だ、この可愛い子と一緒にいると心臓がもたない。自分の持っているアイスをこちらに差し出すなんて、まだ七歳なのに優しすぎるし、わ、私を犯罪者にする気かな?!
落ち着け私、これくらいで、惑わされちゃ駄目だ……
「ありがとう、でも、アイスはラルフ君がお食べ」
「そう? ふふふ、ありがとう、おねえさん」
無理ぃぃっ! 惑わされる、だって私はショタコンだものぉぉっ!!
なんだろう、ラルフ君って、もしかして小悪魔なの?
これで一人称は可愛らしい「おれ」なんだよ? えらく可愛いなぁおい。尊みが深くて溺れそうだよ。
私の最愛、弟のリオは本当に紛うことなき天使で(勿論ショタは皆等しく天使なんだけど)つまり私は小悪魔系に耐性がないのである。
今私たちは、気分転換にデートチックな散策をしていた。
ラルフ君は時折屋敷を抜け出して街を歩き回っているそうで、かなり慣れており、好き勝手歩いても迷うことはなかった。
なのでついでに、とマダム・ベルタンのところへ行っても構わないか、と訊いたら彼は「いいよ!」と快諾してくれたので、私はラルフ君と共に『ロサ・ケンティフォリア』へやって来た。
「いらっしゃいませ! あらっ、アイリーン嬢! ドレスの受け取りですわね?!」
「こんにちはー」
「あらあらまあまあっ、今日は可愛らしい紳士がご一緒ですのね?!」
相変わらずの勢いに、私は慣れたもので挨拶をしたけれど、ラルフ君はびっくりして私の手をぎゅっと握っている。可愛い。
「アイリーン嬢、受け取りの前に是非、試着してくださいなっ!」
「へっ?!」
「坊っちゃんはここでお待ちになっていてくださいねっ!!」
「お、おねえさん?!」
「あれぇーーっ!!」
いつものあれだ。本気になったマダム・ベルタンには敵わないのだよ。
私は店の奥でひん剥かれて、前世今世含めての人生初、自分のために仕立てられたドレスを身に纏ったのであった。
「さあさあ、坊っちゃんっ。来てくださいな!」
「え、はいってもいいの?」
「ええ、お着替えは終わりましたから!」
「わ、わかった……」
ラルフ少年はマダム・ベルタンに手を引かれて、ドキドキしながら試着室に足を踏み入れた。針と糸、リボンや布地、様々な小物が並ぶ広々とした試着室は、少年にとって未知の領域である。
その中央に、アイリーンが立っていた。
「わぁ……」
「ラ、ラルフ君……ど、どうかな?」
ラルフ少年はしばし言葉を失ってアイリーンを見つめていた。その頬が少しずつ赤くなっていく。
彼の様子にあわあわし始めたアイリーンは、所在無さげに腕や身体を揺らし始め、マダム・ベルタンに「しゃきっとなさいませっ!」と叱られる。
形の良い眉をハの字にして、薄桃色の唇をきゅっと結んだアイリーンに、ラルフ少年はようやく「おねえさん……」と口を開いた。
「とっても、きれいだ……」
「!!」
ほろりとこぼれた言葉に、アイリーンは目を見開いて、それからゆるゆると顔を赤く染める。「あ、ありがとう……」と消え入りそうな声で礼を言い、俯く彼女にゆっくり慎重に歩み寄ったラルフ少年は、その神秘的な美貌を見上げた。
「すごく、きれいだよ」
「っ、ラルフ君……」
傍らでマダム・ベルタンが顔を輝かせている。しかしその様子は二人の目には入らず、ラルフ少年は真剣な表情でアイリーンのほっそりした手を取る。
「このまま、おれのおよめさんに、なってほしいくらい」
「は、はぅっ……」
少年らしい真っ直ぐさで告げられたその言葉に、ついに色々な感情が限界を迎えたアイリーンは、ふらりと気絶した。
傾いだ華奢な身体を慌てて飛び出してきて支えたマダム・ベルタンは、頬を赤くしながらも目を丸くしているラルフ少年に微笑みかけた。
「まったく、罪な坊っちゃんですわねっ! あたくし、見ていてドキドキしてしまいましたわっ!!」
「えっ、あの、おねえさんは、だいじょうぶなの?」
「ええ、大丈夫でしょう! 安心してくださいな!」
マダム・ベルタンはそう言って「ふんぬっ!!」とアイリーンを横抱きにすると、試着室の奥へと引っ込んでいった。
取り残されたラルフ少年は、ぱちくりと目を瞬いていたが、やがてゆるゆると微笑んで頬に両手を当てる。
「ふふ、いっちゃった」
彼はしばらくその場でアイリーンの美しいドレス姿を思い返してはふわふわしていた。




