第28話.ショタコンと爆走火寮長、のち鎮火
エドワードとの決闘から二日、私は学園内であの火寮長エドワードをぶっ飛ばした一年生女子として、何やら珍獣を眺めるような目を向けられている。
「……やっぱりやりすぎた」
「ふふ、仕方がありませんわね」
水寮一年生のみが集まる授業の後、二階の廊下を歩きながら私は呟いた。ちょっと唇を尖らせた私に、ラタフィアはおっとり微笑んでいる。
「ああして実力を示しておくと、無駄に絡まれることが減って良いのですよ」
「何それ、もしかして体験談?」
「さぁ、どうでしょう?」
お淑やかに笑むラタフィアであるが、私はその背に歴戦の戦士の気配が漂っているのを幻視した。
やべぇ、一体彼女はどんな戦場を生きてきたんだ。ああ、社交界か。社交界がやばいのか。
「そう言えば……ん?」
今日の夕飯何だろな、と言おうとしたら突然、ざわっと変な感覚が襲い掛かってきた。これはあれだ、私が備えている面倒事センサーの反応である。
「い、急ごう」
「??」
ラタフィアは不思議そうに首を傾げたが何も言わずに足を早めてくれた。私が何かと面倒事に巻き込まれがちなのを知っているからだろう。
しかし。
「――――見つけたぞぉぉっ!!」
「ひぇっ!」
遠くから徐々に近づいてくる(徐々と言うよりぐんぐんだな。かなり早い)大音声。聞いたことがある熱血な美声。私の脳裏にちらつく鮮やかな赤の髪。
場所は特定できないが、あちらからは私が見えているらしい。
エドワードだっ!!
捕まったらろくなことにならない。目を丸くしているラタフィアに謝り、私は廊下を走り出した。
その直後。
ガサガサッ、ドンッ!! と激しい音と共に、私の進行方向右側にあった開いていた窓から葉っぱまみれのエドワードが転がり込んできた。
「ひぃっ!!」
どういうことここ二階なのにどうやってそもそも何で草まみれなのこの人頭おかしいの?!
脳内でノンブレスの泣き言をかまし、私は仕方なく立ち止まる。転がりすぎて向こう側の壁に激突したエドワードは、しかし元気良く立ち上がって私の前まで歩いてきた。葉っぱくらい払え。
「アイリーン嬢!!」
「お断りします!!」
あっ。
いつもの癖が。この人に遭遇する度にこうして名前を呼ばれて「決闘を!」と言われていたので、もう条件反射である。
「いや話だけでも――」
「お断りします!!」
これもいつもの流れ。その中で思いっきり目をそらしたら彼が飛び込んできた窓の向こうに登りやすそうな木があるのが分かった。
……なるほど、これを登って飛び込んできたのか。怖い、野生児かよ。
「決闘の話では――」
「何であろうとお断りします!!」
「だから――」
「急いでるので!!」
葉っぱまみれで二階の窓から登場するヤバい人とは仲良くできません! と脳内で叫んだ私は困り顔で立っているエドワードの隣をすり抜けようと歩き出した。
しかし、丁度横を通過しようとした時に右手首を掴まれて足が止まる。熱があるんじゃなかろうかと思うほどに彼の手はほかほかと熱い。火属性魔導士だからか。
私は「もういっぺん腹パンしたろか」と思いながら渋々彼の方に視線を向けた。
「…………」
思ったより近くにあったエドワードの顔を見上げ、途端に私は怪訝なものを見る目になる。
彼の頬はやけに赤く染まり、相変わらずその銀の目は爛々と輝いているが、いつものように真っ直ぐではなく何故かふらふらと泳いでいる。
……やっぱり熱じゃね? 私にうつるじゃないか。やめてくれろ。
「アイリーン嬢、いや、アイリーン……」
んっ?!
若干甘くかすれた低音。手首からするりと下りてきた彼の熱い手が私の手を弱く握る。混乱している私を見下ろすその、熱っぽい視線は……
熱だな。
私は途端にスンッと真顔になる。
木を登って飛び込んでくる力はあったものの、もしや彼は限界なのでは?
分かったぞ、彼の望みが。
「……マクガヴァン火寮長」
手を握り返してなかなかに近い距離で微笑む。彼の目にきらりと喜色が閃いた。
オーケーオーケー、分かってるから。
安心したまえよ、エドワード君。
「アイリーン……」
「医務室までお連れしますよ。もう大丈夫ですからねー」
「……んっ?!」
そして私は彼を引っ張って医務室へすたすたと歩き出した。エドワードが何やら言っているけれど熱を出した患者のうわ言だろう。なので気にしない。
はー、人騒がせだなぁ。一階に知り合いいなかったわけ?
急がないと次の授業に遅れちゃう。私は足を早めたのであった。
勿論、エドワードは熱を出していたわけではなく、そのため医務室に行きたかったわけでもない。
彼が一階から二階の廊下を歩くアイリーンを見つけて、猪突猛進とはこのこと、と言いたいレベルの勢いで木を登って二階に飛び込んだのは、前回自覚した恋が原因である。
様子を見ていた者ならば彼が何をしようとしたのか、何を言おうとしたのかが分かるだろう。
以前レオンハルトの様子に色恋沙汰の気配を敏感に感じ取ったことがあるアイリーンが、何故今回はそうならなかったのか。
単にエドワードの人柄ゆえである。
アイリーンにとって、エドワードは「決闘を申し込む!」という鳴き声の猪に程近い存在なのだ。
それがまさか色恋に目覚めるとは――エドワード自身も思っていなかったが――考えも及ばず、結果として「やけに熱っぽいな」が「ああ、熱か」に繋がってしまったのである。
まあ、日頃の行いの結果である。
医務室に突っ込まれたエドワードは、しょんもりと眉尻を下げて「無念」と呟いたのであった。




