第26話.ショタコンと決闘の後
決闘後、エドワードは医務室でパチリと目を覚ました。横たわったまま目だけを動かしてきょろ、きょろ、と左右を窺う様子は、大雑把でいちいち煩い普段の動作に似合わぬ大人しさである。
(……医務室か。やはり俺は彼女に負けたのだな)
場所の確認をしたらしい彼は、小さく溜め息を吐いて天井に目を向けた。やはりいつになく大人しい。
エドワードの脳裏に、記憶にある最後の光景が浮かんできた。
それは、鮮烈な青の魔力を降り注ぐ日の光に煌めかせ、ほっそりした白い腕に水の龍を纏わせたアイリーンの姿であった。
魔法で勢いを増しているとは言え、あの華奢な細腕からあれほどの威力が生み出されるとは。エドワードは治癒魔法を受けたのかすでに痛みのない腹を擦った。
(……彼女は、とても美しかったな)
最後の一撃を受ける直前、世界のすべてがゆっくりになった気がしたのである。その時見たアイリーンは微かに笑っていて、風に翻る銀の長髪がまるで星の川の様であった。
エドワードはぼんやりと天井を見上げたまま、腹を擦っていた手を胸元へ移動する。ここがどうにも変にぽかぽかしているのだ。
あの琥珀の様な瞳に射竦められた。甘露のほんの一滴の如し、酔ってしまいそうな視線の交差であった。
(熱でも出たのだろうか)
アイリーンを思い出すと何故か顔が熱くなる。久々に本気で魔力を出し続けていたからか、それとも他の理由か。エドワードには分からなかった。
むくり、と身を起こす。燃える様な赤い短髪をガシガシと掻いて思考を整理しようと試みた。
しかし頭は落ち着いてくれない。賢くはあるが考えることは苦手なのである。
「……恋か!!」
そして悩んだ末、それなりの年齢であり貴族令息であるが故に主に好意を向けられることに関して経験をそこそこに積んでいるらしい彼は突然、そう答えを出した。
その時、彼が寝かされていたベッドを囲っていた白いカーテンがシャッと引かれて開かれる。
「いったい何を言っているんです、エド」
「ギルではないか! 何故ここに?」
「今回の決闘の運営は私でした。相手が水寮の生徒だったのもありますが、そもそも貴方が見境なく申し込まなければこうして駆り出されることもなかったんですがね」
そこに立っていたのは水寮長ギルバートであった。ベッドの上から彼を見上げたエドワードはにっこり笑って「すまなかったな!」と答える。多分、反省していない。
ギルバートは溜め息を吐いて「身体に問題が無いならさっさと起きてください」とカーテンを全開にする。
「久々にいい一撃を食らってしまった! そのお陰か、なんだか妙に気分がいい!」
「…………」
その言葉の内容に、ギルバートが可哀想なものを見る様な胡乱な眼差しを向けていることに気づかず、エドワードは「はっはっはっ」と笑った。
「よし、決めたぞ」
「何を、ですか?」
首を傾げたギルバートに、しかしエドワードは目を細めて妖しく答える。
「秘密だ」
彼が秘密を持つときは、面倒臭いという方向であまり良くないことが起こる。それを知っているギルバートは再度、大きな溜め息を吐いたのであった。
――――………
医務室に運ばれたエドワードと違い、完璧な無傷だった私は観客の大歓声に送り出されて円形闘技場を出た。
出口にラタフィアとジェラルディーンの姿があり、私は「いえーーいっ」と喜びを全面に押し出しながら二人に駆け寄る。
「お疲れ様です、アイリーン。見事でしたわ」
「ふふふ。満足したよ」
「まさか寮長相手に完勝するとは思わなかったわ……」
「頑張ったもんね」
エドワードがロケットみたいになってめっちゃ足が早くなった時には少し焦ったけれど、まあ結果良ければすべて良しだし。
「あの微細な量の魔力から、よくあれだけの水量を生み出せたわね」
「え、あ、うん。頑張ったから……」
やっぱり少しやり過ぎたかなぁ……
これが普通だから、私はよく自分の魔法の魔力効率が良すぎることを忘れてしまうんだよね。
魔眼ほどじゃあないけれど、一般人に比べたらかなり良い目をしている二人にはその内「変だわね……」と思われそう。
これからは、よりいっそう気をつけなきゃ。その内「魔力効率良すぎ」と言われちゃう。
「アイリーンの魔法は魔力効率がとても良いのですね」
「うぇっ?! そ、そうかな。それは嬉しい」
そう考えた矢先にこれだよ!
ラタフィアさん怖いっ!!
「きっと精霊に好かれる質なのね」
「……そうかもしれませんわね」
ありゃ……?
ギクッとした直後「精霊に好かれる」って言ったジェラルディーンの表情に若干影が差した。
続いてラタフィアも曖昧に頷きながら、その口元に微かな微笑みを湛えているが鮮やかな青の目は伏せられている。
なんか触れてはいけない系の話題……?
いや、私自身精霊関係については触れられると大変まずい(心臓が危ない。物理的に)話題なので、いいんだけど……
友達二人が暗い顔をするのは嫌だ。
「お腹空いた」
「は?」
「え?」
もっと他の言葉があったでしょ、私……
なんとかしてこの空気を変えようと思ったことから、ひょいとまろび出た言葉がこれである。自分の頭が残念だ。
しかし、残念も残念なりに役に立つものである。ポカンとしたラタフィアとジェラルディーンは、困ったように苦笑して「じゃあ帰りましょう」と言った。
その表情は幼い子供を見守る姉の顔に等しかったけれど、まあ暗さは無くなったし良しとする。
「ジェラルディーンと一緒にご飯食べれたらいいのに」
「寮が違うから仕方ないわね」
「むぅぅ……」
「昼は一緒だからいいじゃない」
「むむ……」
「ふふ、アイリーンはジェリーが大好きですわね」
「なっ」
「うん大好き!」
私は即答した。なんたって可愛すぎる我らがツンデレ令嬢だもの。
即答の後にニコニコ笑ってジェラルディーンを見ると、彼女はわなわなと唇を震わせて赤くなっていた。
ストレートに「好き」ってなかなか言われ慣れていなさそうだもんね。可愛い。
絢爛な美貌を真っ赤に染め、言いたいことが上手く言葉にならないらしいジェラルディーンを見てラタフィアも微笑む。
「私も、ジェリーが大好きですわよ」
「っ、ラタフィアまで……からかわないでちょうだいっ!!」
「えー、からかってないよー? ふふふ」
「ええ、からかってなんていませんわ」
「貴方たちっ……!」
更に赤くなって、ついにはプイッと顔をそらしてしまったジェラルディーン。私とラタフィアはくすくす笑った。
夏が近づいてきて、日は長い。まだ沈む気配がなく蒼天に輝いている太陽を見上げて、私は最高の気分を満喫していた。




