第25話.ショタコンの海龍と腹パン
太い海流が、まさに青龍と言った姿になって飛沫をキラキラと散らしながら宙を翔る。
その様子を見て、実況のクラリッサが何やら隣に座っているらしい解説者のギルバートに『聞いたこともない鍵言です! カスカータ水寮長! ご存知ですか?!』と訊ねている。すごい勢いだ。
実はこれ、私のオリジナル鍵言なんだよね。だからギルバートが首を横に振っても仕方無い。
一年生で新しい魔法開発するって目立ちすぎてヤバくない? と思うかもしれないけれど、この『海龍』、魔法自体はそこまで難しいものじゃないんだ。
師匠が私を押し流しまくってた『瀑布』を改良して『海波』とかを利用して海水にしてから『水球』の理論で形を決定する。
十四歳で発症した右目が疼く系の病を引きずっている子供が、魔法の改良とオリジナル鍵言作りをよくやるので、そう目立つものでもないのだ。
……まあ、そういった「厨」と「二」が付く名前の病に罹患している子は基本的に鍵言だけやけに格好いいのにして魔法の改良は何もできていないのが多いんだけどね。
そう言った方々と違って、私は『精霊の愛し子』である。鍵言は日本語の意味を思えばその通り大気に生きる精霊たちに通じるし、思った通りの魔法を再現するのは困難ではなかった。
このためだけに開発したんだ。
どう使うかって? それは見てからのお楽しみ。
「これは素晴らしい!」
自分を囲むように少しずつ距離を詰めながらぐるぐる旋回している青い『海龍』を眺めてエドワードは満足げにそう言った。
多分、これを、鍵言の変化による簡単な魔法改良だと思っている。
実際そういうのが多いのは事実だけれども、貴方私が『精霊の愛し子』だって忘れているんじゃない?
その余裕がいつまで保つかな。
そう考えて私は薄く微笑んだ。
「これはよく燃やさねば呑まれるな! よしいいぞ……」
どうやら真っ向から勝負する気であるらしい。エドワードの魔力が膨れ上がって燃え盛る炎の姿をとる。熱気で景色が揺らめいて見えるくらいだ。
本気で『海龍』を蒸発させる気なんだ。
この魔法の水量を正確に把握している訳じゃないけれど、龍形を解いたら多分この円形闘技場全体に足首くらいまでの嵩の水が満ちるくらいにはあると思う。
それ全部――とは行かなくても魔法として形を保てなくなるまで蒸発させるには、相当な量の魔力が必要だ。
この世界の火の魔法って、酸素燃やしているのかな……燃料が魔力だけならいいけど、たまに草に燃え移ったりするし……
酸素も燃やしていた場合『海龍』が蒸発させられたらえらいことになりそうな気がする。理科は苦手だから、自信ないけど。
それからさ、これ海水じゃん。
蒸発したら塩が出てくるよね、大量に。
「よし、来いっ!!」
パンッと両手を打ち合わせたエドワードがそう言った。魔力によって透石膏の瞳を爛々と輝かせている。
その取り敢えず真っ直ぐ行こうとするその心意気、少し誰かに分けた方が良いと思う。このチャレンジ精神のせいでいつか死ぬんじゃないか、この人。
私はバッと右手をエドワードに向けた。ざわりと蠢く水属性の魔力。ただ旋回していただけの『海龍』が動きを変えた。
宙へ真っ直ぐ昇り、それから顎を大きく開いて急降下。炉の様に赤々と炎を燃やすエドワードに向けて、流水の青龍は突っ込んでいく。
ザバァァァンッ!!
激しい水音と共に大滝の真下の様な威力と量の水がエドワードを包み込んだ。激しい水飛沫にもう何がなんだか。術者であるこちらにも様子は窺えない。
しかし私はそこへ向けて全力で走った。
この『海龍』は、一般人なら問題ないけれど、エドワードの様にしっかり鍛えており尚且つ反対属性で威力の相殺が可能な人を一撃で昏倒させることができない。
単純な水量による攻撃なので、いざという時の決定力に欠ける魔法なのだ。
「『海龍』!」
エドワードの元へ駆け寄りながら、右腕に少し小さい『海龍』を纏わせる。
これで決める。この右の拳で。
落下の勢いによって水飛沫、と言うか霧状になった元『海龍』の落下地点にびしょ濡れになったエドワードが見えた。
水のせいで制服が肌に張り付いて身体のラインがはっきりしている。やっぱりすごい大胸筋だ。その全身から幾筋もの蒸気がたなびいているのは、やはり蒸発させることでいくらか勢いを消したからだろう。
全速力で突撃してくる私に気づいて、目を見開いた彼は慌てて構えようとした。恐らく私が大きい『海龍』を決め手にして、もう仕掛けてこないと思っていたのだろう。
確かに『海龍』はかなりの魔力量を要するし、一年生には難しい魔法だ。しかしそれは普通の一年生だった場合。私は、自分で言うのもあれだけど普通の範囲から飛び出ている。
あの短時間で『海龍』を観察し、その威力やら魔力量やらを正確に弾き出せたのが逆に仇となった。
油断大敵、私は貴方に一発入れるまでこの決闘を終わらせないからな!!
「っ!!」
エドワードが炎の防御壁を展開しようと短い鍵言を叫ぶ。ふーん『炎壁』って言うんだ。憶えとこ。しかし――――
ぐははははっ、もう遅いっ!!
私は大変綺麗な笑顔と共に(脳内は悪役のそれである)最後の距離をグッと詰め、鮮烈な『海龍』の勢いを存分に乗せた右の拳をエドワードの腹に真っ直ぐ突っ込んだ。
「がはっ……!」
そしてエドワードは勢いのままに真っ直ぐ吹き飛んだ。闘技場の壁に激突して、ぐんにゃり崩折れて動かなくなる。生きているのはその魔力の気配から分かるので心配ない。
私は勝った。
っ、決まったぁぁっ!!
気分爽快。頑張って考えた策ではあるけれど、まさかこれほどまでに上手くいくとは思わなかった。
観客の割れんばかりの歓声と共に、円形闘技場を覆っていたドーム型の結界が解除される。
『勝者、水寮のアイリーンッ!!』
私は歓声の真ん中で、爽やかに笑って右の握り拳を空へ向けて突き上げた。満足のいく完勝である。最高の気分だった。




