第24話.ショタコンの策略
とうとうやって来たエドワードとの決闘の日。前回は今年度最初だから観客が多かったが、今回も一年生と寮長の決闘だからという理由でかなりの観客が円形闘技場に集まっていた。
ラタフィアとジェラルディーンも来てくれているので心強い。
っはー、緊張する。
ボコす、と決意してはいるがやはり相手は寮長の座に登り詰めた猛者。しかも誰彼構わず決闘を申し込むヤバいタイプの猛者である。
いかなチート体質とは言え、気を引き締めてかからなければ負けてしまうだろう。手の中のエドワードのバッジ(申し込みを受けたあとで渡された)をギリギリと握り締め、ポケットに突っ込む。
「アイリーン、貴方という人は……」
「りょ……ギルバートさん」
今回も寮長であるギルバートが説明に来てくれた。「寮長」と呼ぼうとしたら笑みを深められたので――ラタフィアがよくやるやつだ。怖い――慌てて名前呼びに変更する。
「エドの申し込みは長らく断り続けていませんでしたか?」
「はい、そうなんですけど……色々あって」
「ほう、色々ですか。それは是非、後で詳しく聞かせていただきたいものです」
「はぁ……」
何故貴方が、という胡乱な目で私はギルバートを見上げたが、彼はどこ吹く風。穏やかに微笑んでいる。
「そろそろ行ってきますね」
「気をつけて。属性の相性は良いですが油断すれば呑まれますからね」
「分かってます」
そうして私はギルバートに軽く手を振って(ラタフィアと雰囲気が似ているからついやらかした)円形闘技場内へと足を踏み入れた。
――――……
『皆様ご機嫌よう! 今年度七回目の決闘のお時間です! 実況は毎度ありがとうございます、私、スオーロ・チヴェッタ寮三年、クラリッサ・エーデルワイスが勤めさせていただきます!』
闘技場に設置されたラッパ型の植物から響き渡るクラリッサの声。これも前と変わらず大きな声で、実況は彼女の天職なんだろうなぁと感じる。
『一年生以外は驚かないでしょうが、火寮長と水寮の一年生の戦いとなります!!』
なるほど、やはりエドワードの決闘申し込み癖は昔からか。どよめくのは一年生ばかりで、それ以外からは苦笑の気配が大きい。
『挑戦者は、我らがフォーコ・アークイラの寮長、エドワード・サラマンディオ・マクガヴァン!!』
向かい側から堂々と歩いてきて、所定の位置に止まったエドワードを見る。
にっこり笑い返された。ひぇっ。ボコすと決めても怖いもんは怖い。
頑張れアイリーン。アニーに比べたらあんなのヒヨコちゃんだぞ。
『対するは、今年度二度目の決闘! 運が良いのか悪いのか! アクア・パヴォーナ寮一年、ジゼット村出身のアイリーンです!!』
確実に運が悪い、だろう。私は大歓声に迎えられて円形闘技場の中に進み出ながらそう思った。
『両者とも、白線まで進んでください!』
クラリッサの言葉に、無言で白線まで進む。緊張感が高まる。観客は静まった。
『ルールの確認をします! 戦闘は闘技場の結界内のみで行うこと! 観客の皆様は中に入らないようお願い致します!』
どちらかが気絶するか、降参を宣言するまで戦うこと。命に関わる様な攻撃魔法は用いないこと。
クラリッサはいつも通りそう続け、最後に一言
『死ななきゃ何してもいいですよっ!! それでは――――始めっ!!!』
とこれまた毎度お馴染みの「大丈夫か」と疑問になる台詞でもって開始を宣言した。
開始早々、エドワードの魔力がぶわりと凶暴に膨れ上がり炎の獅子の姿をとって彼に纏わりついた。見た目は明らかにスタンド、正確な様子は荒々しい炎のオーラである。
「行くぞ、アイリーン嬢」
「……ええ、いつでもどうぞ」
そう答える私は、燃え盛っているキャンプファイアーみたいな見た目のエドワードに対して何も構えていない。外から見ればボーッとしている馬鹿だと思われるかも。
絶対負けない。決闘に紛れてごりごりの私怨で一発ほど殴る。
まあ決闘自体も私情で(この場合はエドワードの申し込み癖と私の私怨)行われるものだし、別にいいよねと思うんだけれどもさ。
私は不敵に笑みながら、エドワードを待った。
――――……
燃え上がる炎獅子の魔力。結界で隔たれているはずの観客席にも熱気が伝わってきそうな迫力だ。
それを見て、ジェラルディーンは「流石ね」と呟いている。エドワードと同じく火属性をその身に宿し、魔法に対して目が肥えている彼女から見ても、彼の魔法は敵に回したくないものであった。
「アイリーンは……なるほどね、そう言う手で行くの」
「ふふ、なかなかの策士ですわね」
「まあ効果的な方法と言えるわ」
微笑むラタフィアにジェラルディーンは頷く。二人の優れた目には、アイリーンがじっと巡らせている策が見えていた。
「勝つかしら?」
「負けはしないでしょう」
ラタフィアはそう言ってころころと小さな笑い声を上げる。負けはしない、つまり勝つか、引き分けだ。
「アイリーンを信じましょう、ジェリー」
「……ええそうね」
二人の視線の先で、エドワードが炎と共に地を蹴って攻撃を開始した。
――――……
エドワードが突っ込んできた。すごい迫力で、アニーに飛び掛かった時みたいに両腕に炎を纏っているので、彼は恐らく魔法と体術を組み合わせた様な戦い方をするのだろう。
……それってつまり男女関係なく殴る蹴るするってことだよね? それでヘイトが溜まらず一定量の尊敬を受けているって実はこの人すごいのかな。普通嫌われるもんだよね、そう言うのって。
寮長には実力以外にも頭の良さとかカリスマ性も求められるらしいから、すごい人に変わりはないんだろうけれど……ねぇ?
「『水壁』」
雑念バリバリのまま、その脳内に似合わず完璧な水の防御壁を展開する。青くさざめく漣の壁。その内部に満ちる魔力を手の一振りで操ってエドワードの方に傾けた。
「はっはっはっ。一年生にしてはよくやるではないか!」
「どうも」
笑っている彼をそのまま『水壁』で受け止めて呑み込むみたいに丸めてしまう。流動する水の牢に、しかし彼の顔に焦りは見えない。
澄んだ青の向こうに煌々と赤熱するエドワードの魔力。私は「まぶしい……」と目を細める。直後ブシュワァァァッと白い蒸気と共に、丸めた『水壁』が破壊された感覚が伝わってきた。
一気に蒸発させたのか。この蒸気、めっちゃ熱いぞ。私は二、三歩後退してエドワードは無事なのかと考える。
「はっはっはーーっ! このくらいでは俺は倒せんぞ!!」
「ですよねー……」
彼自身の魔法だ。水自体は私の支配下にあったけれど、一瞬で沸騰させられ蒸気になった瞬間に奪われた気配がした。滅茶苦茶だ。そして、いつにもましてテンションが高い。
『精霊の愛し子』の魔法の支配権を奪うってすごくない? 怖いわ~……アニーよりマシだけど。
すぐに追撃があるので冷静に対応する。
って、この人、足が超早い!!
鮮やかな橙の炎の一部が尾を引くようにエドワードの後を付いていっている。水の壁を乱立させて防ぎながら私は走った。
そんな私に「逃げるばかりでは決闘には勝てんぞ!」とか抜かしやがるので、私の策がバレていないことを知れて安堵する。
しかし、痺れを切らしたのかエドワードが(火属性魔法の応用か)ロケットみたいに背中から火を噴いて加速し、ぐるっと回り込んできた。
同時に「『火球』!」と短い鍵言に乗せて放たれた魔力が宙に展開。個数の指定はなかったが、その魔力量からして相当の数が……と考えた直後に、エドワードの周囲に大量の火の玉が姿を現した。
個数指定いらないんだ……師匠が毎回言ってたからてっきり必須なのかと思ってた。
全部突っ込めば山一つくらい一瞬で焼けてしまいそうな量の火の玉を見ながら私はそんなことを考える。
あっ……修行だから? 師匠なりの優しさかなぁ……
「行くぞっ!!」
橙の輝きを増す『火球』の群。エドワードの号令で発射されようとその内部で魔力が動いたのを感じた。
教えてくれても良かったのに。そしたら――
「――こういう時使えるじゃんね!!」
叫んで直後に「『水球』!」と鍵言を口にする。同時に周囲に大量の魔力を放出してエドワードの『火球』と同じくらいの数の『水球』を作り出して発射する。
とにかく視点を上に置き続けさせる。下は見ないでよ……
私とエドワードの間に横たわった距離の真ん中の空中で激しくぶつかり合う水と炎の弾丸。青と橙が白い蒸気や飛沫、煙に変わっていく。
操作に意識を向けているからか、他の攻撃が来ないのがありがたい。お陰で私のやりたいことに意識を向けられる。
じりじりと地面に巡らせていた細かすぎる水滴たちが、ようやく円形闘技場の円周を一周、ぐるりと取り囲んだ。
これで一気に決めよう
それからついでに、必然と言う顔をして殴ろう。よし。
お互いの弾丸が尽きた瞬間。
「『海龍』っ!!」
私の鍵言と魔力によって、円形闘技場の円周から、爽やかな潮香を纏った青い奔流が溢れ出した。




