第23話.ショタコンと守りの花
テーブルに転がした魔力草の花を両手で優しく包む。掌から温かく流れ出す魔力を加え、私自身の魔力によって構成されているに等しい花の形を変えていく。
これ、習ったことじゃないんだけれど便利だなぁ。
邪神ファンの襲撃で結構ボロボロになった図書館は教授たちの手で直され、今は普通に使えるようになっている。
私は相変わらず気になることがあると通っているのだが(ノワールも変わらずイケオジ形態で勤務中だ)その時たまたま見かけて面白そうだから読んだ『魔力から魔導具を作る』という本で見つけたのだ。
『魔力が高濃度でこもった物質は、それと同質の魔力によって形を変えることができる』
魔力のこもった水晶とかを種に魔導具が作れるよって話だったんだけど、私はこれなら魔力草の花からでも可能ではと考えたわけ。
……あっ、また魔力と感情の話探すの忘れた。
あの日暗闇でロストした魔力と感情についての本。何故か未だに棚に戻っていないのである。
ノワールに聞いても「知らん」と言っていたので、闇に消えて失くなったのかはたまた誰かが隠したのか。図書館の本が消えるとか普通に困るし、いけないことだよね。
さて、手の中の花を望む形に成形していく。手でこねこねするんじゃなくて、頭の中で望む形を思い描くという方法だ。
学園の庭に薔薇の木が多くて良かった。
ホッと安堵の息を吐く。持ち上げた魔力草の花は大きな鈴蘭の形から、一般的な大きさの青い薔薇の花に変わっていた。
残りの四個もサクサク形を変えながら、面白そうだったので少し改良したりして私は夜を過ごした。
寝る頃には、怖かったアニーの記憶もさっぱり消えていた――はずだけど赤い何かに延々追っかけられる夢を見たので忘れていないようだった。
―――――………
「はい、ラタ。お花欲しいって言ってたでしょ? やってもらうだけなのはあれだから作ってみた」
翌日、再びヘアアレンジを始めるラタフィアに私はそう言って昨晩製作した青と白の薔薇を渡した。
「ラタが良ければ、使ってくれる?」
少し首を傾けて訊くと、彼女はほわりと笑って頷いてくれた。
「勿論ですわ。とても綺麗ですもの。二個と三個で、お揃いにいたしましょう!」
「ふふ、お揃い。いいね」
きっと青と白はラタフィアの栗色の髪に良く似合うだろう。
―――――………
休み明け、いつも通り一緒に昼食を摂っていたジェラルディーンに、私は「そう言えば」とエドワードとの決闘の話を持ち出した。
「寮長と決闘ですって?!」
「そんなに驚くことかな。あの人、強いと分かればすぐに挑むタイプじゃん」
ちょっと死にかけたから仕返ししたい、と締めくくる。
「…………」
私の言葉にジェラルディーンは眉根を寄せて黙した。どうにも「何も言えねぇ」という顔ではない。もしかして……
「ジェラルディーンも、申し込まれたことがある、とか?」
ピクッ、と肩が揺れる。紅玉髄の目がふいっとそらされる様子は言葉はなくとも雄弁であった。
本当に見境ないな、あの人。ジェラルディーンは公爵令嬢で、この国の王太子の婚約者なんだけど……それでも遠慮しなかったのか。
私が微妙な心境を表す薄ら笑いを浮かべると、それを見たラタフィアがおっとりと笑った。
「その時、ちょうど居合わせた殿下がかなりお怒りになられたのですよね」
「えっ、そうなの?」
「ちょっとラタフィア……」
ジェラルディーンは慌てた様に顔を上げたが、楽しそうに話し始めたラタフィアを止める術はない。
「ええ。それでマクガヴァン火寮長をお殴りになって……」
「へぇぇ」
“お殴りになる”という言葉はなかなか聞けるもんじゃない。新鮮だ。
それにしても、レオンハルトって普段ジェラルディーンに厳しくされると不満そうにしているか、叱られた子犬の顔をしているか、なのになぁ。
彼女が同い年の猪突猛進なアホの子に決闘を申し込まれたらめっちゃ怒ってお殴りになるんだ。
ふぅん、そうなんだー……
内心の「ふぅん」が表情に出たのか、ジェラルディーンがこちらを見た。その華やかな美貌はなんとも可愛らしいことに赤く染まっている。
「顔、赤いよ」
「うるさいわ」
やはり我らの悪役令嬢はとても可愛い。
「あ、そう言えばさ」
私はポケットをガサゴソあさりながら話題を変えた。そろそろ変えてあげないとジェラルディーンが爆発しちゃいそうだったからである。
「ジェラルディーン、花使う予定ある?」
「……花?」
そして机に置いたのはラタフィアに渡したものと同じ材料と製法の、赤と黄色の薔薇だ。
これに加えた仕掛けがなかなかラタフィアに好評だったから、ジェラルディーンにも渡しておこうと思ったのである。
「これは……貴方の魔力草の花かしら?」
「おお、ご名答。まさにそれだよ。形は変えてるけどね」
一目でその正体を見破ったジェラルディーンは、赤い薔薇を手にしてじっと観察している。
「……何か、魔法をかけてあるわね」
「流石ジェラルディーン。バレないように一番奥に仕込んであるのに気づいたかー」
そう、私の分とラタフィアの分にも同じく魔法をかけてある。どんな魔法かと言うと、単純な守護の魔法だ。
「パーティーって何か色々渦巻いているイメージだからさ。ちょっとね」
弾くだけだから危険じゃないよ。まあ相手が何をやるかによるけど。
私の言葉にジェラルディーンは「……そうね」と頷いた。ラタフィアもそうだけど、幼少期から社交の場に出入りしていた彼女には「パーティーで渦巻くあれそれ」ってかなりの実感を伴う言葉なんじゃないだろうか。
花を観察するために伏せていた目を私に向けて、ジェラルディーンは柔らかに笑んだ。
「ありがとう、アイリーン。これでパーティーでの面倒が一つ減るわ」
「えへへ、いいよ」
やはり王太子の婚約者という立場は、苦労が多いのだろう。できることは限られているけれど、友達だもの。なるべく力になりたい。
ラタフィアが「これで三人お揃いですわね」と言ったので、三人仲良く頭を近づけてクスクスと笑い合った。




