第18話.ショタコンとドレス屋の女主人
ふにゃふにゃ顔で、私とジェラルディーンの間で交わされた話を知らないラタフィアに「ありがと~」と伝えて(ラタは困惑していた)私たちは再び仕立て屋探しに繰り出した。
「次はここです。実は面識のある仕立て屋なのですわ。恐らく、ここで決まると思うのですが……」
なんと、自信ありげ。
と言うか面識があるって……カスカータ侯爵家お抱えじゃないよね?
少し歩いた先に現れた店は、黒と白、そして少しのアンティークゴールドで調えられたシックな外装で、今までの華やかさを主張していた店たちとは雰囲気が違った。
ショーウィンドウには帽子や靴、鞄等の小物が並んでいるだけ。しかしそれだけで仕事の丁寧さとセンスの良さが窺えた。
私の表情が変わったことに気づいたらしいラタフィアがこちらを見てふんわりと笑う。
「気に入りそうですか?」
「うん、とっても綺麗だね」
こう言うときもっとマシなコメントが出来ないものかと悩むよね。まあいっか、素直が一番。
黒檀か何か、重厚感のある黒っぽい木材の看板を見上げる。そこにアンティークゴールドで書かれた店名は『ロサ・ケンティフォリア』。
どっかで聞いた。うーん……確か薔薇の名前だったはず。またもやしょぼいコメントだけれども、普通におしゃれだ。
ドアを開けると、カランカランというベルの音の代わりに、チリンチリンと鈴の音が降ってきた。
珍しい音に「む?」と見上げると金色の小さな鈴がドアに付いているのが分かる。ここはベルじゃなくて鈴なんだ。
ラタが好きそうだ。
鈴の可憐な音色にそう思った。
「いらっしゃいませ……まぁっ! ラタフィア様じゃありませんか!! 来てくださりましたのね? 嬉しいですわっ!!」
店の奥からそんな声が聞こえてきた(敢えてその声音を形容するならマダム感のすごい声、である。何となく分かるだろ、マダム感って)。
そして声を追いかける様にして、結構な足音と共にぽっちゃりした女性がバタバタと出てきた。
朱色に近い上品な薔薇色のドレスに、きっちりと結い上げた金色の髪。ぽちゃっとした白い肌をしているが不健康な感じはせず、艶とハリがあってどんなお手入れをしているのか気になる。
「お久しぶりです、マダム・ベルタン」
「もうラタフィア様ったら。ロサーヌとお呼びくださいな」
気の良いマダムって感じ。ラタフィアと嬉しそうにわちゃわちゃ言葉を交わした彼女は「さて」と言って私とジェラルディーンに身体ごと向き直った。
「まあまあ、なんて綺麗なお嬢様方でしょう!! あたくしはロサーヌ・ベルタン。『ロサ・ケンティフォリア』の主人です。そちらはザハード公爵令嬢、ジェラルディーン様ですわね?!」
「ええその通りよ。貴方の名前は聞いたことがあるわ」
「まあ嬉しい! それから、そちらのお嬢様は……?」
「アイリーンです!」
マダムは勢いがあるので、何だか乗せられて勢いよく答えてしまった。小学生みたいで少し恥ずかしい。
私の答えにマダムは「まあっ!」と頬に両手を当てて叫んだ。
「妖精の様に可憐なお嬢様ね!!」
うぐっ、その褒め言葉はかなり恥ずかしい。しかも隣でラタフィアがこっくり頷いているから余計に。
「今日はアイリーンの創立祭のダンスパーティー用のドレスの依頼に来たのですわ」
むっ、この分だとここで決定かな?
まあ、私も気に入ったからいいや。マダムも良い感じだし、デザインのセンスも好きだ。
頷いた私の耳元に、唇を寄せたジェラルディーンが囁く。
「彼女が貴方を気に入ったから決まったのよ。ロサーヌ・ベルタンは気に入った相手にしか仕事をしないそうだから」
へぇぇ……それってすごい気難しい職人系に付いているタイプの属性なのに、こんな気の良いマダムがねぇ。
気に入られて良かった!
「お二人はもう決まっていらっしゃいますかしら?!」
「ええ」
「わたくしもよ」
あら残念、と苦笑するマダム。
「では、アイリーン嬢!」
「はっ、はい!!」
「行きますわよっ!」
「えっ、あっ、はい!!」
よく分からないまま、私はマダムに手を引かれて店の奥へと連れ込まれたのであった。そんな私をラタフィアとジェラルディーンは穏やかな笑みで見つめていた。
――――……
とにかく早い。いや、速いかな。
マダムの仕事についての私の感想はそれに尽きる。
奥に連れていかれて、悲鳴を上げる間も無く服を剥ぎ取られ(下着的な薄物のワンピースは残された。良かった)全身をくまなく採寸された。
紙に書き留めた私の全身の数字をまじまじと眺め(女子的に辛すぎる拷問である)マダムは「むふーーっ」と鼻息を吹いた。
ひぇぇっ、職人怖い。
その後もマダムの猛攻は続く。
「素晴らしいですわっ、アイリーン嬢! なんて完璧なプロポーションでしょう! 維持のために何か特別なことはしておいでかしらっ?!」
「ひぇっ、いえっ、何もっ」
「あらまあっ!! では天然物でいらっしゃるのっ?! なんてことっ!」
「て、てんねんもの」
「湧いてきますわ~っ、降ってきますわ~っ!!」
「ひぇっ、なにがっ」
「お色に希望はおありかしらっ?!」
「か、寒色系でっ、青の似合うやつっ」
「あらっ、そう言えばシェイドローンの創立祭で学生は各々の寮の色を少し身に付けるんでしたわねっ!!」
「は、はいっ」
「白雪の肌に、銀糸の髪。青はよく映えるでしょうっ!! さて、ドレスは何色が良いかしらっ?!」
「ひぇぇ……」
すごい迫力で私はどもりながらやっとの思いで受け答えをしていく。何とか必要な要望は言えたけれど、果たしてどうなるんだろうか。
マダムはそんな私の震える答えはまったく気にせず、降って湧いてくるらしい何かの勢いに任せて大量の布を運んでくると私の身体に当てて次々「違うっ」と放り投げていた。
何て色鮮やかなんだろうか。華やかな薄青、濃密なロイヤルブルー、グレーに近い灰紫や楽しげな花柄。様々な色がくるくると目の前を移動する。
生地の種類も様々で、触り心地がなめらかなサテン、軽やかなシフォン、可憐なレースに羽衣の様なオーガンジー、高級感のあるタフタ。
さっきまでマダムの気迫に圧されてしまっていたけれど、なんだか楽しくなってきた。
「んんん~~っ、悩みますわっ!!」
藤に似たアスター・ヒュー、若紫の様なコバルト・バイオレット、とても薄い青紫のペール・アイリスに竜胆に近しいメヌエット等、どうやらマダムの方針は紫系統で固まったらしい。
「あたくしがっ、絶対に、アイリーン嬢を最高に輝かせるドレスを作りますわっ! ですから、生地と色の相性から、デザインまで考えて決めますのよっ!!」
「は、はいぃ……」
仕立て屋は決まったけれど先は長そう。
私はマダムと一緒にデザイン画などを眺め、生地に触れたりして、一生懸命話し合ったのであった。
ヴェルサイユ、マリー・アントワネットのモード大臣ローズ・ベルタンからお名前をいただきました。




