第15話.ショタコンと課題
悩ましい。どうしよう。
「……~っ無理、分からんっ!!」
私はそう叫んでバサッと課題を投げた。
こらこら、と言って向かいの席に座っていたラタフィアが、テーブルの端に滑っていった課題の用紙を拾い上げる。
ラタフィアの隣の席のジェラルディーンは少し顔をしかめていた。ごめん、うるさくて。
「貴方、実技はトップクラスじゃない。何故理論になるとそう弱いの?」
「小難しいことは苦手なの!」
「貴方の師はどうやって貴方に魔法を教えたのかしら。魔法を使うには理論が必須なのよ?」
「師匠も最初は口で教えようとしてたけど途中から諦めて荒療治になった」
「…………」
何とも言えない表情で見ないで! 単純につらい!
だって私、言えることじゃないけれど魔法のない世界から生まれ変わってきてここにいるんだよ?
ここで育ってきたとは言え、慣れないもんは慣れないの。そもそも元から感覚派だし!!
ラタフィアが差し出す課題をいやいや受け取る。これは『鍵言基礎学』のレポート課題である。
これ、一番苦手なやつ。
何故なら私は魔法に鍵言を必要としないからである。ちくしょう。
「……『自身が用いる鍵言の中から一つを選び、それについて現状より魔力効率を高めるためにはどういう改善策があるか論述せよ』だって。むり、わかんない」
精霊が使う言葉に近く、大気の魔力の中に生きる精霊に言葉を伝えるために大昔に生み出されたという鍵言。
ぶっちゃけ日本語。転生者である私にはしっかり耳慣れた音として届くし、なんなら漢字まで想像できる。
精霊日本人説が有力すぎて笑う。
……乾いた笑いしか出てこないけど。
「貴方、発音は完璧よね」
「……自分ではよく分からないけど」
「ロジエス教授が褒めていましたものね」
「あぁ『魔法実践基礎』の」
そりゃあ日本人だからね……ネイティブだもの。そのせいでこれ以上どう効率化したらいいのか分かんないんだよ。
何たって発音に難が無い上に『精霊の愛し子』だから魔力は抵抗無しのほぼ直通。効率なんて考えたことない。
「……ラタは、何を書くの」
「私は『水流』ですわ。自分でも改善点をいくつか考えていますから」
「うぅ……」
ジェラルディーンにも聞いてみたら火属性の彼女は『白炎』と答えた。白い火が出るんだって、格好いい。
「『水球』を極める方法でも考えようかなぁ……完全な球体にするとか、表面をつるっつるにするとか……」
「あら、案外いいかもしれませんわよ。あれは魔力が研ぎ澄まされればされるほど完全な球体に近づくそうですから」
「えっ、本当?!」
こうして私の課題のテーマは決まった。
題して「超丸くて超つるつるの『水球』を作り出すには」である。
上手に書けるかは別として、取りあえず提出期限には間に合わせよう。
―――――………
その夜、実際にやってみようと考えた私は、一人水寮付属の訓練所に来ていた。
何人かの生徒の姿がある。食堂でぼんやり見た気がする人ばかりなので恐らく上級生だろう。
これから端っこの方で『水球』に凝りまくるけど、気にしないでね、先輩方。
今回、的は必要ないので、訓練所の端っこでよく人が椅子代わりにしている適当な岩に座った。
さて、と一つ息を吐いて「『水球』」と鍵言を呟く。
何もない空中から水が集まってきて、広げた右手の上で球形をとった。表面では微かな波が立っており、よく見ると全体的にむにゅむにゅと揺れ動いている。
スライムみたい。
……これを完全な球体にする。なんか、泥団子をつるつるピカピカにする、みたいなワクドキ感。
まずは手始めに球全体に魔力を回す。
「あっ」
全体的な大きい揺らぎ、それから横長の雫型に変化する『水球』。
なんか見たことある形だな……あっ、スライムや。仲間呼ぶ系の。
最初にスライムっぽいって思ったのがいけなかったのかな? イメージが魔力を通して形に反映されちゃったみたい。
よし、全力で無心になろう。球形だけを考えて、ひたすらに念じてみる。
私はそう考え、目を閉じて脳内に完璧な球体を思い浮かべ続けた。
途中から飽きてきそうになったので、脳内で「つるつる」と「ピカピカ」を交互に唱えることにした。
―――――………
「――――……ーン、アイリーン!」
「つるつる……」
「目を開けてください!」
「ぴかぴか……ッハ?!」
ぼんやり目を開けると、そこにつるつるピカピカの『水球』は無く、代わりに鮮やかな水宝玉の瞳があった。
まだ上手く脳が働かないぞ……無心から抜けられない感じ。いったい何事?
「気がつきましたか?!」
「……寮長?」
何でギルバートがここに? いったいどう言うこと?
私は状況が飲み込めずに混乱している。
しかし、そんな私にギルバートは容赦なく「止めてください」と訳の分からないことを言うではないか。
「止める……?」
私の疑問に、ギルバートは少し目を見開いて、そして「まさか」と難しい表情になった。
「この状況は、無意識にやったことなのですか?」
「え?」
そう言われて、私はキョロキョロ辺りを見渡した。
「えっ?!」
訓練所全体に広がっていた、神秘的ながら信じがたい光景に、私は思わず脳内で「おいマイケル、こんなことって信じられるか?!」と叫んだのであった。




