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第8話.ショタコンの怒り


 男の手に掴まれて宙ぶらりんのリオを見て、レオンハルトは首を傾げた。


「村の子供か?」


「盗み聞きでしょう。まったく、これだから卑しい庶民は……」


「下ろしてやれ、苦しそうだ」


 私はレオンハルトに少しだけ感謝した。彼の言葉通りリオの顔は真っ青で、襟首を掴まれているから、かなり苦しそうだったのである。


「しかし殿下、聞かれていたのですよ?」


「うむ……」


 一応床に足はついたが、襟首はがっしりと男の無遠慮で武骨な手に掴まれたままである。

 私はひやひやして葛藤していた。ショタコンにあるまじき愚かな躊躇だ。


 リオを助けに……でも、今出たら師匠が確実に問い詰められる……


「そうだな……この内容は外部へ漏らすなと父上にも言われている。どうしたものか」


 私は胸を押さえる。機密情報、つまり師匠の目が必要な事態になっているらしいことを知ってしまった。

 ますます出にくい。私とリオが知ったということを盾に、師匠が行かざるを得なくなるかも。


「王宮へ送りましょう。優秀な忘却術士がおりますゆえ」


「ふむ……」


 護衛の男はそう言ってリオを見下ろす。レオンハルトも何となく流されそうだ。

 私はぎゅっと手を握り締めた。爪が掌に刺さって血が滲むのが分かる。


 リオが、連れていかれちゃう。


 その時。


――おねえちゃん、たすけて――


 リオの唇がそう動いたと認識した直後、ほぼ反射のような勢いで私はクローゼットの戸を蹴飛ばして外に転がり出ていた。

 古くなっていたらしい蝶番が破壊されてしまい、私の着地から少し遅れて戸が倒れる。


「お、おねえちゃ……」


 リオの目に涙が盛り上がった。うだうだ悩んで遅くなってしまったと後悔の念が押し寄せる。私は彼に微笑みかけ、その襟首を掴んでいる男を睨んだ。


「その子を放してください」


「な、これは……サラジュード殿、これはどういう事ですかな?!」


 男は私の突然の登場に驚いたのか、師匠に目を移す。

 レオンハルトは混乱して固まっており、彼を守るように九人の護衛が移動した。

 くそ王太子め、とは思うが後悔はしていない。


 私は自分より師匠より、リオが大切なんだ。


「はぁ……わしの人生最後の弟子じゃ」


 え?! 私、師匠の人生最後の弟子なの? 知らなかった……


 衝撃の事実であるが、今はそんなことに構っていられない。ついつい師匠に向けてしまった目を再びリオの襟首を掴む男に向けた。


「放してくださいと言うのが聞こえませんか」


「こ、小娘。我らが何者か分かっているのか?! しかも盗み聞きまで……サラジュード殿、この責任は――――」





「放せと言っているのよ」





 私は怒りをもってその言葉を放った。

 底冷えする様な冷たい声。

 こんな声が自分の喉から出たのが驚きだが、この状況では喜ばしいとすら思えた。


 ピシッと空気が鋭く鳴る。家が軋んで悲鳴を上げ、空気のざわめきと共に生まれた風が私の銀の長髪を揺らした。


 パンッと何かに弾かれたかの様に男の手がリオから離れた。手を弾かれた男だけでなく、この場にいる王宮の者たちはどうしてそうなったのか分からないでいる。


 だが私は言葉だけで石を割った自分の力の正体を今悟り、師匠はそれとなく予想していたことが当たったのか目を見開いていた。

 リオは私の方へ駆けてきて、ひしっと私にしがみつく。その頭を撫でて「もう大丈夫、遅くなってごめんね」と囁くと、私は再び男を睨んだ。


 これ以上、私の弟の安全(とついでに私の生活)を脅かすならば許さない。はっきりと認識したこの力でもって捻り潰させてもらう。



―――――………



 レオンハルト・ブリッツ・レーベ・バイルダートは、バイルダート王国の王太子である。

 その身に宿すのは風属性の派生である金雷の魔力。王族ゆえの強大で膨大な魔力であった。


 魔法で同世代に負けるなんて思ったことは今まで一度もない。魔法の鍛練は欠かさないし、魔力量に裏打ちされた威力と精度は彼にそう思うだけの自信を与えていた。


 だがまさに今。


 彼は“絶対に勝てない”と思わせる少女に遭遇している。


 怒りから溢れ出る魔力の奔流が、美しい銀の長髪を水中にいるかのように揺らしている(さま)は神秘的だ。

 滲み出る魔力に、星を集めて紡いだ様な銀髪は淡く輝いていた。


 体内で荒れ狂う魔力に輝く琥珀色の双眸は長いまつ毛に縁取られ、憤怒が赤く染めた眦が何とも言えない艶を醸している。


 陶器の様に白くつるりとした肌はほんのりと紅潮し、桃の花弁の様な唇が弟だという少年に何やら囁きかけ、その白い手が少年の頭を優しく撫でていた。


 なんて美しい少女だろうと思った。


 恐らく、王都一と称された美貌の正妃である母よりも、彼が今まで見てきたどんな令嬢よりも。


 同時に、なんて怖い少女だろうとも思った。


 強大な魔力による強制力をもって放たれた言葉。人を支配する者が持つ圧倒的な力の気配を秘めた声音。その魔力量はレオンハルトに勝るとも劣らない程であろう。


 周囲を護衛に固められて、無様に立ちすくみながら、彼は少女に見入っていた。



―――――………



 あれ、なんか皆動かなくなったぞ。


 私はキリッとさせた表情を崩さないままに内心若干戸惑っていた。

 くそ王太子レオンハルトは私をじぃっと見つめたまま動かないし、護衛の九人はこちらを窺っていて硬直している。

 ついでにリオに酷いことをした最低野郎は私の言葉によって弾かれた手の痛みに呆然としていた。ははっ、ざまぁ。


 ならばよろしい、彼らは放っておき私の力について整理しよう。


 端的に言えば、私の言葉には不思議な“強制力”がある。日本的に言うなら“言霊”の力だろう。

 これは『精霊の愛し子』であるアイリーンが元から持っている力なのか、はたまた転生者である私だから持っている力なのか定かではない。


 だが、そんなことはどうでも良い。今は使えるかどうかが重要だ。


 勿論想像力が必要ないとは言わないが、この世界の魔法は学園で教えるくらいだから、呪文で決められた結果を起こす定型の魔法なのだろう。


 だが私の魔法は多分違う。

 私の魔法は想像力が要。

 想像力と、言葉に込めた魔力によってかなり自由な結果――神秘を生み出すことができるはずだ。


 いや、自分で言うのもあれだけどこの身体、チート過ぎやしないか?


 うん、まあ、この力のお陰でリオを守れるならそれでいっか。


 そこで一番に硬直を解いた者がわなわなと口を開いた。なんとまあ、リオに酷いことをした最低くそ野郎である。


「こ、小娘……貴様、何者だ?! 呪文の詠唱も無しにこの様な……サラジュード殿、まさかこの小娘を使って……」


「師匠はそんな人じゃありません。勝手な妄想を吐き散らさないでください」


「な、この私に卑しい庶民がそんな口のきき方をして良いと思っているのか?!」


「は?」


 私の低い声と共にピシッ、と空気が凍てついた。


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