第11話.ショタコンとファンの襲撃
図書館のあちこちで本が棚から落下する音がして、追加でもう一度ドォン……と大きな揺れが襲いかかる。
イケオジの崩れなかった気配が、突然の揺れに対する驚き故か、ふわりと少し揺らいだ。
その顔に、見覚えのある黄金色を見て、私は自分の感じたことに確信を得た。
「貴方、ノワールね?!」
「くっ、バレたか!!」
その言葉の後、イケオジの姿がブレてその下から(嬉しくないけど)見慣れたノワールの精霊としての本性が現れる。
人では有り得ない黒紫水晶の長髪、煌めく黄金色の双眸には動揺が見受けられた。相も変わらず、一発殴りたくなる人外の完璧すぎる美貌である。
私はショタコンだから好みもクソもないけれど、目への優しさから言って、イケオジの時の方が良いんだけど!!
私は彼の挙動を警戒してガタッと立ち上がった。
「何してんの?! 格好いいおじさんになって図書館で真面目に働いてるの?! まさか更正プログラム?! だとしたら邪魔してごめんね!!」
「ぷろぐらむって何だ?!」
「ああもう、おじいちゃんみたいなこと言って! 更正しようとしてるんですかってことだよ! 私を池の底で溺死させようとしたこと、反省してますかっ?!」
「溺死させようとしたわけじゃないぞ!」
「私にとっちゃ同じだ!! 苦しかったんだからな!!」
轟音と揺れは続いている。そのせいで私たちは自然と怒鳴り合う様な音量で言い合っていた。
「何で戻ってきた?! てか、そもそもどうして戻ってこれたの?! 言霊に時効ってあるの?!」
「君があの時使ったのが俺の真名じゃなかったからだ!!」
「ちっ、じゃあ真名教えて!!」
「誰が教えるか!!」
「じゃあ、ここで何してるの?!」
「君を手に入れるのに精霊式の正攻法では駄目だと分かったから、人間式の正攻法で行こうと思ったんだ!!」
「残念だったな! どう足掻こうと私は貴方に毛ほども興味がない!!」
「そんなに可愛い顔で『残念だったな!』とか言わないでくれ!!」
「可愛いって言うな!!」
ドオォンッ、と先程よりも強い揺れが図書館を襲った。私はその揺れに耐えきれず転びそうになる。
そんな私をノワールが咄嗟に抱きとめて支えてくれた。夜の香が甘く薫る。
「っと、大丈夫か?!」
「……ありがとう! 立てるからもう離れていいよ!!」
「君は素直なのかそうじゃないのか分かりにくいな!!」
「人としてお礼は言わなきゃでしょ!」
「お礼の代わりに俺のところへ来てもいいぞ!!」
「誰が行くか!!」
ノワールから距離をとった私は魔眼を発動して辺りを見渡した。大量の本が落ちた館内は酷い有り様で、後片付けが大変そうである。
そして、図書館の分厚い壁を越えて、外で荒れ狂う得体の知れない魔力が見えた。
「何あれ?!」
さっきからの流れのせいで、思ったことが口をついて出てくる。
ノワールも両目を燦然と輝かせて辺りを見渡しており、やがて顔をしかめて「そこそこに育ってるな」と訳の分からないことを言った。
「何が?!」
「闇の力だ!」
「じゃあ元凶貴方じゃんか! まさかの自滅なの?!」
「違う!!」
大きな窓の下から、何かがざわざわと上ってくるのが見え、背筋が冷える。
確かにあの魔力の気味悪さは、ノワールの夜色の魔力と違う。どこか人の激情じみた生々しさがあった。
どっかで感じたのに似てる……思い出さなきゃ、ピンチなんだから!
窓を下から徐々に覆っていくのは、どうやら魔法で操られた大量の土砂らしい。このままじゃ図書館と共に生き埋めでは、という怖い考えを必死に追い払う。
「あれは君の心臓を狙う奴等の力だ。覚えておくといい」
焦燥感に拳を握り締めた私を優しく自然に胸元に引き寄せて、ノワールが静かにそう言った。
「は?」
見上げると彼はその美貌に皮肉っぽい笑みを浮かべて、土に覆われていく窓を睨んでいた。
「人間は俺が邪神の野郎を封じた精霊の一人だと忘れているらしい。だから君も闇の力と言えばすべて俺のものだと勘違いするんだ」
「じゃ、邪神って……」
「ここを襲っている外の奴は十中八九、邪神信徒だろうな」
「で……」
出たっ、ついに出やがった!!
私の心臓を狙う隠れ邪神ファン!!
何も、この精霊と一緒に生き埋めにしなくてもいいのに!!
つまり私がさっき感じたのは決闘の時と同じ闇の魔力ってことだ。憎悪や嫉妬の力で膨れ上がる攻撃性。なるほど、ノワールとはかなり違う。
「大丈夫だ。安心しろ、アイリーン」
ノワールは人外の美貌に冷艶な笑みを浮かべた。
それは、ショタコンの私でもゾクッとするような、闇色の、人間の本能を夜へと誘う蠱惑的な笑みだった。
けれど、同時に喉元に肉食獣の牙を添えられた様な不穏さも併せ持っている。
闇が、紛い物に、その牙を剥こうとしている。
「本物の闇がどういうものか、分からせてやるさ」
あぁ……
外にいる隠れ邪神ファンの死亡フラグが堂々と立ち上がった。マジ乙です。
―――――………
温室で植物の世話をしていたメルキオールは、足裏に微かな揺れを感じて魔法を発動し、そっと木の根をその方向へと伸ばした。
(……何これ)
図書館が土に呑まれかけている。周囲の地面は乱雑に抉られ、そこから持ち上がった土砂が図書館を下から徐々に覆っていっていた。
気味の悪い魔力である。図書館は閉館時間だからまさか中に誰かいるなんてことはないだろう、と彼は魔法を通した目を凝らした。
(二人分の魔力……! 取り残されてる人がいる!!)
それを知った彼は即座に魔法を切り上げて、手に持っていた蝶喰花の鉢を勢いよく棚に戻す。
同じく植物の世話をしていたディオネア教授がメルキオールの突然のそんな動作に首を傾げた。
「んー? どうかした?」
「教授、図書館が襲撃されてる。二人、人が中にいるからまずい。他の教授たちを呼んできてくれる!?」
「?! っ、分かったよ!!」
流石、この学園で教授をしているだけありディオネア教授の対応は早かった。彼女と一緒に温室を飛び出し、メルキオールは一人図書館へ向かう。
(嫌な予感がするんだけど!)
「『葉転』!」
葉に転じる――その鍵言の通り、メルキオールの身体がふわりと解けて緑葉の群になった。
風に舞う緑葉の群は、人の身で走るよりかなり早く宙を駆け、瞬く間に図書館に辿り着いた。
実際に自分の目で、土に呑まれかけた図書館を見たメルキオールは緑葉の群の姿をしたまま、まだ土に覆われていない窓の隙間から中へと滑り込んだ。
土から派生した草樹の魔力を持つ自分ならば、完全に埋められても何とか脱出できるはずだ。
(『葉転』解除!!)
すっかり暗くなった館内に下り立つ。
「え? メルキ、ん゛んっ……シルヴェスター土寮長?」
「ここへ入ってくるとは、たまげたな」
そこに立っていた銀糸の髪の美少女と、闇の精霊の姿に、メルキオールは「何してるの……?」とか「お前の仕業か」とか色々なことを考えたが、結局思考回路がショートした。
そうして出てきた言葉は。
「……何なの、もう」
という疲れきった一言だった。




