第9話.ショタコンと悪役令嬢無双
その握力によって、ゴリラ令嬢の称号まで獲得しそうな勢いのサラサッタは、相も変わらず黙っていれば可愛い顔をして私を睨んでいた。
しかし。
なんか……前の時とは、違う……?
違いを強く感じるのは、その桃色の目の鋭さだ。
前回の温室での騒動の時には無かった強い憎悪を感じる。
私、そんなに憎まれるほど酷いことしたっけ?
貴方の自滅じゃなかったっけ……
「な、何か……?」
「“何か?”じゃないわよ!」
怒鳴られて背中がざわざわする。
理不尽に怒られるのは嫌いだ。
野次馬も増えたし最悪である。
何より、ラタフィアとジェラルディーンを巻き込むのが心苦しい。
本当に、呪わしきは我が出来心よ。
さっきサラサッタに怒鳴られていたのであろう女子生徒は……あれって温室の時の取り巻き令嬢Bじゃね?
あれまぁ……AとCはどこに?
もしや取り巻きをやめたのかな。
Bも、八つ当たりと言う名の理不尽な目に遭うから、取り巻きやめた方がいいよ。
「あの時はよくもやってくれたわね!!」
あんたが先に手を出してやり返されただけでしょ!
て言うかさ。
あの時は私の魔力の威圧に怯えていたのに、よくまたかかってくる気になったよなぁ。
その心理が不思議だ。
どういう思考回路で、明らかに魔導士として格上な私に再び挑もうと考えたんだろう。
……向上心の強いゴリラ?
ゲフン、やめよう。頭の中で乙女チックなゴリラがドラミングを始めた。
サラサッタは私を睨み付け、体内で魔力を練り上げているようだった。
なるほど、前回は魔力の練りが甘かったから駄目だったと思っているんだな。
そんなことないぜ!
貴方の魔法くらいなら、全力だろうが余裕のよっちゃんで変換可能!!
最初から、発動できないようにすることもできちゃうぜ!!
面倒だからこちらからはしないけど、また攻撃してくるならこっちもやり返す気はある。
「あたしの顔に泥を塗って、ただで済むと思わないことね!!」
野次馬がざわめく。
ついに一定の距離がある者たちにも伝わるくらい魔力が練り上げられてきたのだ。
サラサッタの茶色の髪がふわふわと魔力の波動で浮かんで揺れている。
サラサッタがかかってきて、勝手にやり返されてキレてるだけって、噂が流れていたから皆知っているんだけどなぁ……
だからその口上はクソダサなんだけど。
すんごい攻撃的だな、今日。あ……うん、そういう日なのかな……
私はそんなことを考えながら、防御に展開する魔法の用意をパパッと済ませる。あとは発動だけだ。
「食らいなさい……『泥――――「やめなさい見苦しい」っ!!」
鋭い声がサラサッタの鍵言に割って入った。込められた魔力は気品に溢れ、特権階級の覇気がこもっている。
私の隣に進み出てきたのは絢爛な炎の紅薔薇の君、我らがツンデ令嬢……ジェラルディーンである。
先程の短い言葉に込められた魔力が大気に満ち、サラサッタの魔法の発動が止められた。
空気中に火属性の魔力しかなくなれば、そりゃあ弱っちい土属性の魔法は発動できないよね。
大気中の精霊の魔力を借りられないんだもの。
「み、見苦しいですって?!」
「ええ、そうでなければ何だと言うの? ああ……“みっともない”かしら?」
「なっ!!」
金剛石の様に眩しすぎる支配者階級の輝き。他を圧倒する美貌と魔力は薔薇の女王の威。そのあまりの鮮烈さにサラサッタはたじろいでいる。
「ぶ、部外者は引っ込んで……」
「わたくしの友人を、分を弁えない小者が煩わせているのよ? それを“部外者”ですって?――笑わせないで」
ほ、惚れてまうやろ……
なんて格好良いんだ。
自信たっぷりに、赤い唇が美しい弧を描いて笑んでいる。
すらりとした腕を胸の前で組み、紅玉髄の瞳がサラサッタを見据えている。
炎の雌獅子の狩りの目だ。この目に睨まれたら虚勢っぱりの子猫ちゃんはひとたまりもなく泣いてしまうだろう。
「それと貴方、わたくしが何者であるかを知りながらそんな無礼な口を利いているのかしら?」
勿論、ジェラルディーンを知らない貴族の子供はいないだろう。
同世代の女の子、しかも伯爵家の娘であるサラサッタであれば尚更だ。何たってジェラルディーンは王太子の婚約者だからね。
今のサラサッタは伯爵令嬢の身で公爵令嬢に対して「部外者は引っ込んでいろ」と言うくらい冷静ではないのだろう。
マジでどうした? この前はラタフィアが出てきて気まずそうにしたじゃん……やっぱり女の子的事情かな。
私がそんなどうでもいいことを考えている間にも、サラサッタは愚を重ねようとしていた。
口をパクパクと開閉して、ジェラルディーンの射抜く様な視線を受け止めきれずに目を泳がせている。
「あ、あたしは……」
「勝てない相手に見苦しく正面から挑むものではなくてよ。知略を巡らせることもできないのなら潔く諦めることね」
「っ……」
ジェラルディーンの完勝である。
野次馬の女子生徒の多くが憧れの目で彼女を見つめ、少人数の男子生徒が新しい扉を開きかけていた。
取り巻き令嬢Bは野次馬の群の中にいた土寮の女子生徒に助け起こされている。多分彼女はもう、私に“取り巻き令嬢B”と呼ばれることはないだろう。
両拳をギリギリと握り締め、サラサッタは俯いたまま震えていた。
晒し者みたいになっているが自業自得なので同情もできないし救えない。
多分、改心してないし。
それにしても“勝てない相手”に“私”と“ジェラルディーン本人”の二重の意味をかけてるとか、流石だなぁ。
遠回しにお馬鹿扱いしているのも、甘言に毒を忍ばせる戦場である社交界を生きる公爵令嬢らしい。
サラサッタにとって、ジェラルディーンはすべてにおいて敵わない相手であった。




