第8話.ショタコンと面倒事
あー、大変だった。
あの後、一年生全体の授業だったからラタフィアとジェラルディーンに「何かあったの?」と……つまり真意は「何の話をしたのだ」と、優しく問い詰められた。
座席の両側を固められ、優美すぎる令嬢スマイルに挟まれて、しっとりと両手を握られてしまえば、天井を仰いでにっこり「Oh yummy」と現実逃避したくなるというもの。
やべぇ尋問だ。
この話の根幹には私が『精霊の愛し子』であるという事実が深く絡み付いているので話したくても話せないのだが、どうしようか。
だから「秘密」って言ったらさ、ジェラルディーンが「ほぅ」って悪い顔したんだよ!!
ひぇぇ女王様や!!
怖かったので仕方なく「ちょっと気になることがあったから聞いただけ! 芝はむしったけど他には何にもなかった!」と答えた。
その答えを聞いたら聞いたで、ラタフィアは「そうですか」って薄く微笑むし、ジェラルディーンは「つまらない」って顔したし、何なんだよう!!
そこで思い出したんだけど、手に芝を握りしめたままだった(自分でも「よもやこれほど……」と思ったけれど本当に握ってたのよ)。
どうしようもなかったので「ありがとうね、あまり役に立たなかったけど」と丁重に庭へとリリースさせていただいた。
何か握っているってのは、意外と心に安寧をもたらすかもしれないので、今後ピンチの時は芝を握ろうかな。
目眩ましくらいにはなるかもしれない。
―――――………
ありとあらゆる種類の王子を延々壁ドンし続ける悪夢に魘されて酷い夜を何回か過ごし、段々夢に出てくる王子の種類が減ってきた数日後の朝。
制服に着替えて、ラタフィアと一緒に食堂に降りたら、掲示板のところに人だかりができていた。
普段は寮内のちょっとしたお知らせがペッと適当に貼ってあるくらい(貼っているのは副寮長のカイルだ。彼の生来の適当さはあらゆる仕事に如実に現れている)なので、ここまでの人だかりになるのは珍しい。
「何だろ?」
「時期的に、恐らく創立祭のお知らせですわね」
「そーりつさい……」
なんだっけ、前聞いた気がするぞ?
思い浮かぶのはお小遣い。何でだ?
「夏期休暇前に創立祭があると、入学してすぐ言われたでしょう」
お忘れですか、と言われたら、お忘れでした思い出しました、と頭の中に光が閃いた。
何でお小遣いが浮かんだか分かったよ。
学園が平民の生徒に多めにくれるお小遣い。ここから創立祭の衣装を用意することって言われたんだった。
自分でも最初のお出かけの時に貯金しとこって考えてたじゃんね。すっかり忘れてましたよ。
「夏期休暇、結構先じゃない?」
まだ入学からやっとこさ一月経ったというくらいなのだ。
夏期休暇は三ヶ月後にやってくるのだから、その前に開かれる豪華絢爛なパーティー……この学園の創立祭も二ヶ月半くらい先のイベントである。
「衣装の用意に時間がかかりますから」
「あ、なるほど」
貴族の子供なら、親がこの学園の卒業生とかで創立祭のことを知っているかもしれないが、我々平民にとっては「え? 参加していいの? 本当? 玄関で追い返したりしない?」みたいな、そのルールも何もかも、全く存じ上げぬイベントなのだ。
この世界の服飾産業がどの程度発展しているのか、素人である私には全く分からないが、創立祭ギリギリに注文が殺到したら最悪間に合わないなんてこともあるんじゃないだろうか。
なるほどね。
「次の休みに出掛けましょう」
「うん、いいね。じゃあジェラルディーンも誘おうか」
「そういたしましょう」
そういうことになった。
―――――………
「ああ、創立祭の。いいわよ」
私たちのお誘いに、一緒に学園の廊下を大講堂へ向けて歩いていたジェラルディーンはそう答えた。
「やったね。じゃあ熊ちゃん前集合ね」
「熊ちゃん……?」
あ、悪役令嬢の「熊ちゃん」いただきましたーーっ!
少し不思議そうに小首を傾げているのがとても可愛い。
同じことを考えているのか、ラタフィアが「ふふふ」と笑う。
「門のところにいつもいるモルファのことですわ。アイリーンはいつも、モルファをそう呼ぶんです」
「あぁ……」
「えっ?! 確かに正式名称はモルファかもしんないけど……だって、どう見ても熊ちゃんじゃん!」
「ええ、そうですわね。分かっていますよアイリーン」
「え、えぇ~……?」
何でそんな「そうじゃない」っていう慈愛に満ちた目で見るの?!
だって熊ちゃんじゃんかーー!!
曖昧に微笑む二人に、私はしばらく釈然としない気持ちで唇を少しへの字にしていた。
「お黙りっ!!」
「おっ、お許しくださいっ!!」
大講堂に近づいてきたら、いきなり穏やかじゃない状況に遭遇した。
全寮の一年生が授業で一堂に会すると、たま~にこうやって揉めるんだよね(経験あり)。
二年生になると全体の授業はドッと減るらしいから、こういう問題も減るはず。
それまでは関わらずにやりすごすべし。
そう思って野次馬の後ろをこそこそ通り過ぎようと私たち三人は足音を忍ばせる。
通りすぎる瞬間に、やめればいいのに、つい出来心で人だかりをチラッと横目で見てしまった。
げっ。
何とも運の悪いことに、渦中の人物とバッチリ目が合ってしまった。
「あっ!」
「っ……」
桃色の目を鋭くした相手が声を上げる。私は「ちくしょう」と自分の出来心を恨んだ。
隣でラタフィアが溜め息を吐き、ジェラルディーンが何となく状況を察知して顔をしかめる。
見なかったことに。
私はそれでもスルーして大講堂に入ろうとしたのだが……
「水寮のアイリーンッ! 待ちなさい!」
何故よ、いやよ、許してよ。
野次馬の壁を割って、近づいてきた相手が私の肩を掴んだ。
「痛っ……」
令嬢にあるまじき握力じゃん!
骨が軋んだ。かなり痛いぞ。
さては貴様、ゴリラだな。
そう考えながら、溜め息を吐いた私は土寮の悪役令嬢モドキ、サラサッタを振り返ったのであった。




