第14話.ショタコンと薄い変態
レオンハルトたちが睨む先、青く、柔らかく波立つ池の上に、ノワールが浮かんでいた。
人では有り得ない黒紫水晶の長髪に、私の魔眼とよく似た満月の様な黄金色の瞳。
全体的にゆったりとした黒いギリシャ風の衣装に、金の装飾が煌めく。
明るいところで見ると、何だかその存在はこの世界から隔絶されて、ぽっかりと浮いている感じだった。
闇の精霊だからだろう。
彼は、夜闇の生き物なのだ。
「……あれが、精霊か」
「はい。それと、不法侵入者はあの精霊です」
「そうか……何?!」
さらっと言ってやったぜ。
レオンハルト、その他もかなり驚いているけど。
「水寮の一年生に擬態してたんです」
水上で、優雅に腕を組んでいる精霊を睨みながら私はそう言った。
「くく……お喋りだな、俺の愛し子は」
「貴方のじゃないわ、ノワール」
「はぁ……名前まで言ってしまったな。まったく、人間に紛れ込むのは結構難しいんだぞ?」
じゃあ帰ってこなきゃいいよ。
その時、水面ギリギリを金雷が走り、ノワールに襲いかかった。
「おっと、まだ話している途中じゃないか。行儀の悪い王子だな」
「『轟雷』十撃」
ノワールの言葉を無視して、レオンハルトの手が宙を払う。
放たれた魔力が大気に満ちる魔力と混ざり合い、絢爛な金の雷となった。
十条の光線の様な雷は主人の怒りを宿している様で、バチバチと狂暴に吼えている。
「貴様はここで消し炭にしてやる」
低く唸るように言うレオンハルト。放ったのとは別な雷を纏って、私を胸元に引き寄せた。
精霊って消し炭になるかな。
私は頬をレオンハルトのたくましい胸板にむぎゅっとされながらそんなことを考えていた。
「すまんが生半可な魔法じゃ俺には効かないぞ」
ひらりと踊った掌から溢れた闇の中に金雷を呑み込んで、ノワールはくすくすと笑った。
私の肩を掴んでいたレオンハルトの手に力がこもる。
「では数で攻めましょうか」
その声の直後ノワールに襲いかかったのは、蒼い清水の翼竜。
次いで、紅蓮の炎獅子が水上を駆ける。
そして水中から、派手な水飛沫と共に、編み上げられた縄の様な枝の群が何本も姿を現した。
「賛成だ!」
「やられっぱなしってのは気に食わないんだよね!」
ギルバートの言葉に、頷くエドワードと復活したメルキオールである。
目を爛々と輝かせて次々と魔法を放つ寮長たちの姿に、私は「すげぇ迫力」と、将来役立ちそうな魔法を眺めて記憶に刻み込んでいた。
流石のノワールも、すべてを吸収することはできず、攻撃魔法を避けてぐらりと姿勢が崩れる。
そこに纏わり付いたのは金雷を纏わせた竜巻。ノワールに避けられた兄の魔法を拾い上げ、上手く乗せたまま風を編んだアーノルドの魔法だ。
「おっと、これは……」
光り輝く金雷のせいか、はたまた暴風に流されるのか、ノワールから溢れる闇に勢いが無い。
よっしゃ! すげぇやこの人たち。
はた迷惑な奴等だと思っててごめん!
見直したよ!
「参ったな……」
ノワールは金雷の竜巻に絡め取られて困っている様子だった。
……ん?
何か、薄い。
不法侵入の夜に見た時は、凄絶なまでの甘美な夜の気配に若干酔いそうになった。
なのに、今は、何か薄いのだ。
あの時は、何をしても勝てないと思ったのに、今なら押しきれるぜイェアと思えてしまう。
何でだろう。
私は考え込んだ。
そう言えば、さっき池の底で捕まっていた時は「このまま変態の腕の中で溺死してしまうのか……」と絶望したほどだった。
でも、今は「ッシャオラァ!!」って拳を握れそうなくらい希望が見える。
……薄いのは、気配かな?
そうだ、色濃い闇夜の気配が薄いのだ。
それが分かっても、何でだかは分からない。意味無いじゃんか、と私は必死に考える。
……明るさ?
変態との最初の遭遇は真夜中。
一番暗い時間。闇夜と言うだけある、月明かりしか無い夜の魔物の時間だ。
池の底は、死の絶望に満ちた青黒い暗がりである。
溺れた者が最後の吐息である泡を口から溢して、自分の代わりに水上へ向かっていくのをどんよりと見つめる様な場所だ。
そしてここは。
めっちゃ明るい、何たってお茶会にぴったりの午後だもん!!
そう気づいた時には右手が、溢れ出す魔力が動いていた。
呼べ、光を。
闇を打ち払う、燦然と輝く陽光の如し命の煌めきを。
「っ!!」
鍵言は必要ない。
身体の底から湧き出す尽きぬ魔力が、思うままに解放せよと叫んでいる。
大気にひそみ、囁き合う小さな精霊たちが、私の意図を読み取って笑っている。
私は『精霊の愛し子』だ。
光をっ!!
煌々と、星が降った様な銀光が瞬いた。




