第10話.ショタコンと秘密の茶会
茶器や茶菓子の皿が並ぶテーブルを無感動な目で眺め、私は溜め息を吐く。
話すしかない。そして、話すからには何かしらの利益を得よう。
そう考え「……まず」と私は切り出した。
「私の特殊な体質については、一般生徒にはバレていません」
魔眼のことは秘密だ。
設定盛りすぎってヤイヤイ言われるに決まっているから。
うるせぇ、こっちだって盛りたくて盛ってんじゃないんだよ。
ギルバートは決闘の日のせいで知っているが、他にバラすんじゃないぞ。いいね?
私の言葉に、安堵の表情を見せるレオンハルト。そして首を傾げるギルバート。
「それは魔眼ではなく“精霊の愛し子”の方ですね?」
おいぃぃぃっ!!!
「何?! アイリーンは、まさか魔眼の持ち主なのか?!」
「嘘でしょ?! 盛りすぎなんだけど、有り得ない」
「それは素晴らしいな。ますます、気に入った。必ずや手合わせ願おう!」
「魔眼か……それはすごいね」
ほらぁぁぁっ!! 食い付いたじゃん!
しかも危ない奴引っ掛かってる!
おいそこのエドワード、やめて。
隠しきれない好奇心に目を輝かせるレオンハルトとアーノルド、そして危険な煌めきと共に私を見つめるエドワードに、私はうんざりと身を縮めた。
私がこうすると、たとえその内心が「うっわ、やめろ」であっても、外からは「はわわ怖いよぅ……」に見えるらしい。
美少女ルックス強い。
そんな中、私が、魔眼がバレたら確実に言われると決めつけた言葉そのままに「盛りすぎなんだけど」と言い放ったメルキオールは、紅玉の目で私をじっと見ていた。
その視線に気づいて「何見とんじゃワレェ」と見つめ返す。
「ねえ、君さ」
鮮やかなピジョンブラッドが、探る様に私を眺めている。彼の口が、この状況で何を言うのかまったく想像できず、私はごくりと唾を飲んだ。
さらりと揺れた黒髪。ほっそりした指先がそれをゆっくり耳にかけ、組まれた長い足の膝の上で左手の指と絡んだ。
「最初に一般生徒“には”って言ったよね」
あ゛っ。
心底呆れた、と言った具合の表情で、つんと顎を上げたメルキオールが、私とさして座高が変わらないくせに偉そうに見下して続ける。
「じゃあ、一般じゃない生徒にはバレたんだね」
「…………」
ビクッと動きを止めたレオンハルトが、恐る恐ると言った動作で私の顔を覗き込んだ。
なんだ、そのビビリの動物みたいな動きは。王太子だろ、しっかりしろよ。
そして、私の表情を目の当たりにしたレオンハルトは更にビクッとして固まってしまった。
そこまで酷い顔かな。
多分、ただのチベスナフェイスだと思うんだけど。
君、何度も見たでしょ。
「アイリーン……? そうなんですか?」
使い物にならなくなったレオンハルトから、進行役がギルバートになった。
「それはかなりまずいのではないか? その生徒に即刻忘却術をかけるべきだ!」
ハキハキ喋るねぇ、エドワード。
でも、忘却術の必要はない。
私が望むのはアレの追放なのだから。
最初に言ったじゃん?
『話すしかない。そして、話すからには何かしらの利益を得よう』ってさ。
メルキオールに突っ込まれて、逆に冷静になったら思い付いたんだよね。
この際だ、言ったろと思ったわけ。
「その生徒は、決闘の日の夜に、私の部屋に不法侵入してきました」
「それは……」
「は?!」
「何と!!」
「酷いね」
四者四様の反応である。
しかし、固まっていたレオンハルトだけが違った。彼の手が隣からすっと伸びてきて私の肩にそっと触れる。
びっくりしてそちらを見ると、心配そうに私を見つめる、至宝の翠玉がそこにあった。
「大丈夫、だったのか」
「あ、はい……」
「何故すぐに言わなかった? 俺でなくとも、せめて寮長のギルバートくらいには言えば良かったのではないか?」
レオンハルトが言ったことに私は思わず言葉に詰まった。
……なんだ、この成長っぷりは。
多分、以前のレオンハルトだったら、こう言うとき何故自分に相談しなかったのかと憤ったろうし、ギルバートだけに相談していたら不満げな顔をしたと思う。
それが、こうなった。
すごくない? ジェラルディーンの教育の賜物? やばい。
私は薄く微笑んで、震える手をぎゅっと握り締め(こうしていないと手が勝手にレオンハルトを撫で撫でしそうだった)口を開いた。
「その……(変態の報復が)心配だったんです。その生徒が、退学とかになったら(変態の突撃がどこから来るか分からず、私の生活が)どうなってしまうのか、と」
「アイリーン……」
私の伏せまくった内容に、レオンハルトは眉根を寄せた。なんか、苦しそうな、悲しそうな顔だなぁ、何故?
あ、伏せまくっている理由ね。
取り敢えずレオンハルトを置いといて整理しよう。
伏せまくっている理由、それは変態の精霊を警戒しているからだ。
だって仮にも精霊だよ?
どこに何を潜ませているか分からない。もしかしたらこの秘密の茶会も監視されているかも。
だから情報を小出しにして、妨害が入らないかチェックしているんだ。
ふふん、ただのアホのショタコンだと思ってた? そこそこには賢いんだぜ!
「馬鹿みたいなお人好しだね。その内足元をすくわれるよ」
ここでメルキオールからの唐突の暴言。
ぎょっとして斜め向かいくらいに座っている彼の顔を見ると、彼は私から目をそらして「ふん」と言った。
えぇ~……? 何なのさ。
するとエドワードが「はっはっはっ!」といきなり大声で笑い始めた。
びっくりした。声でかいな、この人。
「メルはアイリーン嬢が心配なのだな!」
は?
「なっ?! エド!!」
「はっはっはっ! 良いことだ、メル!」
「馬鹿っ! 変な勘違いしないでくれるっ?!」
白皙の美貌を赤くしたメルキオールが怒鳴る。エドワードはご機嫌に笑い続けている。
うーん? 心配する要素あったか?
取り敢えず、先程のメルキオールの「お人好し」発言については、まあ言い換えれば「誰かを助けて後ろから刺されるよ」みたいな警告だって分かる。
言い方はあれだけど、ジェラルディーンと似たものだ。つまり頭の中での上手な翻訳が求められるやつね。
でもさ、それを言われるようなこと、言ったかな。
目を丸くしている私を他所に、ギルバートとアーノルドが「何やら状況が呑み込めていない様子」「そうだね」と相談している。
その通りだから説明してちょ。
それからしばらく四阿は、心配そうな顔をしたレオンハルトに肩をさすられながら混乱している私と、ご機嫌に笑い続けるエドワード、顔を真っ赤にして怒るメルキオール、相談し合う二人、というカオスに包まれていた。




