第9話.ショタコンと地獄への抱っこ
さて、アーノルドに手を引かれて、元気よく茂る木々の隙間の滅茶苦茶分かりにくい道を抜けた先に、そこそこの大きさの池があった。
池って言うと、ばっちい感じがするけれど青く澄んでいてたいそう綺麗である。
何か見たことのない白い花が沢山浮いている。形的には桜。サイズは蓮くらい。
「……もしかして、会場はあそこですか?」
「ああ、そうだよ。ここを渡って行く」
「ここを……?」
白い花の咲き乱れる青い池の真ん中に、真っ白な屋根付きの――四阿に近いものが立っていた。
島に建ってるとかじゃなくて、水の中からにょっきり生えている。
直径が結構長い円形なので、中にいる人全員の膝が仲良しってことにはならないだろうけれど、それにしたって人と人との距離が近そうだな。
ちょっと待ってね。
その前に大問題があるんだわ。
私がアーノルドに「ここを……?」と言いながら見下ろしたもの。つまりアーノルドが「渡って行く」と言った“渡る部分”。
青い池の凪いだ水面に、ポコポコ真っ直ぐ並んだ白い四角い石。しっかり安心して足を置けるサイズの正方形だ。
つまり飛び石なんだけど……
いやいやいや、怖くないの?!
何で手すり無いのさ?!
両サイド水だぞ?!
滑ったら一発ドボンだよ?!
私は完全に生まれたての子鹿の如し足になって立ち止まってしまう。
知ってるか? マイケル。
私、泳げないんだぜ?
脳内にマイケルを召喚するレベルにまで焦り始めた私は、じっと飛び石を見つめている。
そんな私のおかしい様子に気づいたアーノルドは、くるりと振り返って納得した様な表情で頷いた。
「大丈夫。私が手を引いているから、君を落としたりはしない」
「あ、いえ、はい……」
否定でも肯定でもないヘンテコな返事をかまし、私はカタカタ震えながら一歩踏み出す。
笑えよ、トム。
膝が震えて進めないんだ。
きっと、この飛び石の先にレオンハルトが待ち構えているせいもあるんだろう。
しばらくそんな風にふるふる震えて一歩を踏み出したり戻したりを繰り返す私を見ていたアーノルドが、突然「失礼するよ」と言って動いた。
「は……え?」
何を失礼するの? と訊こうと思った時にはもう遅く、私の足は地を離れていた。
ふわりと私を抱き上げた(しかもお姫様抱っこだと? 何てことを!!)アーノルドは、すたすたと飛び石を渡っていく。
石と石の間隔が短いので、人ひとりを抱えていても問題無いのだ。
何が「問題無いのだ」だ!
誰だこの飛び石関係を設計した奴は!
問題大有りだよ!!
次からはお姫様抱っこをしながらでは渡れない間隔にすること、いいね?
「あ、あの、おも、重い、っ、でしょう」
何でどもりまくっているかと言うと、少しでもアーノルドから距離を取ろうとすると両サイドの青い水面が見えちゃうからなんだよね。
今、こいつがバランスを崩したら終わりでは、と思うじゃん。この王子が泳げる保証はどこにもないわけだから。
「まさか。君はとても軽い。まるで花束みたいだ」
……新しい。
私はてっきり「羽根みたい」って言われると思ってたんだけどなぁ。
勿論、言われたくないよ?
それにしても「花束」か……
うん、新しい。
深くは考えるまい。
忘れよう忘れよう。
私がお姫様抱っこから逃れることを諦める頃には、アーノルドの足が水上の四阿の床を踏んでいた。
そして私はその時、自分が『精霊の愛し子』なのだから、水に落ちたって魔法で何とかできて溺れないってことに気づいてしまった。
くそっ、笑えよマイケルッ!!
―――――………
白亜の四阿の中には、地獄の様な景色が広がっていた。
あー、人によっては天国なのかもしれないけど。
右向けー、右!
イケメンと美少年! ギュォゥ、眩しい!
戻って、左向けー、左!
美形と男前! オ゛オォウ、厳しい!
ようやくアーノルドのお姫様抱っこから解放された私は、その光景を見て一瞬で表情が死んだに違いない。
しかしヒロイン補整のかかった我が身。そんな無表情も死んだ顔には見えないようで。
「緊張しなくていいよ」
アーノルドが耳元で囁いて、左側の美形と男前の――レオンハルトとエドワードの所に加わった。
結果、美形、男前、美形という恐ろしいだんご三兄弟が(その内一人は兄弟ではないのだが)出来上がる。うわ怖っ。
この四阿には、ノワールを除く五人の攻略対象が揃っていた。
軽く五回は死ねる。
右側には、穏やかに微笑むギルバート(思うに、二枚目の招待状は彼宛だったのだろう)と不機嫌な顔のメルキオールが座っている。
左側には、私とアーノルドがお姫様抱っこ形態で現れた瞬間「えっ……」と言う顔をしたレオンハルトと、やけに背筋の良い武人系男子エドワード、そしてアーノルドが座った。
レオンハルトに手招きされて、私は彼とエドワードの間に座らされた。うわ、きっつい。
「あ、あの、今日は……」
お招きくださりありがとうございます系の社交辞令を放とうとしたら、レオンハルトに遮られた。
遮ってくれてありがとう。
そうされていなかったらまずかった。
私の中の小人さんが脳内で「おほほ、帰りたい」と言い放っていたので、口から出なくて良かったと思う。
「すまないな、いきなり呼び出して」
いいえ、とは思わなかったので黙っておく。本当にね、自覚があるようで良かったよレオンハルト君。
「二週間過ごして、何も変わりは無いか」
これが今日の腹痛ポイントだな。
私はスンッとチベスナフェイスになり、少し息を吐いて口を開いた。
少しだけ、話してやるとするか。




