第8話.ショタコンへ招待状
どたばたの休日から一週間、合計して入学から二週間も経つと流石に学園での生活にも慣れてきた。
授業は平和、攻略対象との遭遇はノット平和。
それから変態はラタフィアのお陰で私に近づいてくることはない。途轍もなく助かる。
未だにレオンハルトは私を見つけると顔を輝かせて(この時、私はブンブン振られる犬の尻尾を幻視した)駆け寄ってこようとする。
ジェラルディーンがいる時は直前でピタッと足を止め、口をギザギザにして少しもにょった後、恐る恐る、控え目に話しかけてくるのが面白い。
ラタフィアと二人きりだったり、私一人の時は子犬の様な顔をしてちょろちょろ近づいてきては、仲良くお話ししようと試みてくるのだ。
何かね、もう、段々彼のことが可愛く見えてくるよね。
サイズがでかいだけで、やんちゃ系のショタに程近い属性である。
うん、そう思えば可愛いぞ。お話くらいはしてやろうと思える。
そんなある日。
「困ります!!!」
「いえいえ、諦めてください」
「諦めません、駄々をこね続けます!」
「こねても結局受け取るんでしょう?」
「何ですか、その子供を見つめる慈愛の眼差しみたいな目は!」
「駄々をこねる子供を見つめているので正しいのでは?」
「そうですね!!!」
水寮の朝食の席で、私は上記の通り「慈愛の眼差しをもって見つめられる子供の如し駄々」をこねていた。
その理由は、私の目の前の副寮長カインが持っている手紙に、緑の鷹の絵が――風寮の紋章が付いていることであった。
確実にさ!
レオンハルトからのお手紙じゃんね!
私、今だけ山羊に転職して読まずに食べてもいいかな?! いいよね?!
その上で「さっきのお手紙食ったから無かったことに」って返事書いていい?!
しかもお手紙は二枚ある。怪しいぞ。
「お断りします。断らせてください、お願いします!」
「いいえ、断るという選択肢は貴方にはありませんから」
「あってもいいはずです!」
「残念でしたね」
「むぎゃっ?!」
結局カインが「僕他にも仕事あるんで」と言って、私のマッシュポテトが山盛りになった皿の下に物凄いスピードで手紙を挟み込み、去っていったことで私は負けたのであった。
「元気を出してくださいな、アイリーン。殿下のことですから、きっと悪いようにはなさらないでしょう」
「うぅぅぅ~……」
マッシュポテトを口に突っ込み、手紙を皿の下から引っ張り出す。
「……読みたくない」
「では私が読んで差し上げましょう」
「……うん」
首肯したら、一瞬で封筒が手から抜き取られた。ラタフィアはぺりり、と封蝋のされた封筒を開けて手紙を取り出した。
淡い緑色の紙。ふんわりと鼻腔をくすぐるのは、レオンハルトからするのと同じ爽やかな香りである。
「読みますわね、ええと……」
『アイリーン
突然招待状を送りつけて、申し訳ない』
「待って。それ招待状なの」
「そのようですわね」
何でさ。何のさ。
私は頭を抱えた。
『入学から二週間経ったな。
現状のことで構わないから、学園生活でのお前の力について、色々と聞きたい。
今日の午後三時、裏庭に来てくれ。そこに案内役を待たせておく。
レオンハルト』
「とのことですわ」
「やだ!!」
私はついにテーブルに額を打ち付けた。
普通に痛い。おのれ、この痛みをレオンハルトの形の良いおでこに移したい。
いやいや、そんな現実逃避をしている場合じゃない。何とか行かずに済むよう、対策を立てなければ。
案1。所用の腹痛。
→後日また招待 (バッドエンド)
案2。キチガイを演じて逃走。
→今後永久のボッチ(バッドエンド)
案3。大人しく行く。
……3しかないな。もっとまともな理由浮かばなかったかね、私。
向かいの席のラタフィアはにこにこと朗らかに笑っている。
私は彼女が差し出した招待状を受け取って溜め息を吐いた。
行きたくねぇ……けど、行くしかねぇ。
つまり、そう言うことになった。
―――――………
運命と腹痛の午後三時。
裏庭がそもそもどこか分からなかったので嬉々としてバックレようとした私を、ラタフィアが丁寧に護送してくれた。
風寮の近くなんだねー。
知りたくなかったなー、ハハハ。
はぁ……
白薔薇のアーチが待ち構えている明らかに秘密の花園への入口的な木陰の手前で、ラタフィアは穏やかに微笑み、礼をして去っていってしまった。
心底つら……置いていかないで。
大変美しい白薔薇のアーチの道を歩きながら、華やかな薔薇の芳香の向こうに、微かな水のにおいを察知した私は、この先は水場かな、と入学初日にレオンハルトに連れていかれた場所を思い出した。
アーチの道が終わり、パッと辺りが開ける。
そこに立っていた推定「案内役」に、私は思わず顔が引きつるのを感じた。
王子ぃぃ~!! 案内役も王子やんけぇぇ~!!
陽光に照らされて淡く煌めく金髪。肩に垂らしたその長髪の色は、兄そっくりだ。
私の姿を発見した彼――アーノルドは、橄欖石の目を細めて微笑む。
「やあ、一週間ぶりだね」
今ここでその金ぴかな頭を思いっきり強打、げふん、ええと殴打すれば……じゃなかった、お殴り申し上げれば、だ。
そうすれば、一週間前の記憶、忘れてくれたりしないかな?
同時に私はしょっぴかれてお縄で首ちょんぱだね? うん、やめとこ。
「こっちだよ。場所が少し特殊でね。ついてきてくれるかい」
「……はい」
アーノルドは穏やかな笑みを深めて私に手を差し出した。
……お手でもすればいい?
はいはい分かりました。分かってます!
「失礼します……」
私はその手に、指先だけちょこんと乗せて、これで満足かと彼を見上げた。
アーノルドは困ったように苦笑し「遠慮しなくていいよ」と、指先から手繰り寄せるようにして……ギュッとしっかり私の手を握りやがりました!!
私はデッドフィッシュアイズで彼につれられて歩いた。
もうね、腹痛じゃ済まない気がしてきたよ。誰か助けて。




