第5話.ショタコンを成敗
私を乱暴に引きずって、全身真っ黒に覆面の男は別室に向かった。
どうやらここは古い建物……様子を見るに教会だろうか……打ち捨てられた感じで、恐ろしく寂れている。
街の中の隠れた場所か、完全に街の外か……どっちだろう?
そんなことを考えて沈黙していた私を、気持ち悪い覆面の男はとある一室に放り込んだ。
うわっ、人を投げんじゃねぇよ!
最悪だ。私はスッ転がった。両手が背後で縛られてるからさ、転ぶに決まってんじゃんか。マジやめろ。
お気に入りのワンピースが埃まみれになっちゃったじゃんか……
「あばよ」
そう言ってスッ転がった私を見下ろした男は気持ち悪く笑って戸を閉めた。
「げははは。お前がリックの言っていた上玉か」
途端、ガラガラ声の下品な笑いと言葉が振ってきた。
その声の後ろに微かな「う、ひっく」という子供の泣き声を捉え、私はガバッと顔を上げる。
目の前には古ぼけた長椅子があり、そこにでっぷりと太ったあちこち毛むくじゃらのおっさんが座っていた。
その汚ならしいおっさんの両脇には、柔肌が透けてしまう様なハレンチな服を着せられた二人のショタがいて、しくしくと泣いているのである。
貴様、ショタを泣かせたな?!
しかもそのハ、ハレンチな格好……いたいけで純真なショタに、いやらしいことをしたんじゃ有るめぇなぁ?!
万死に値する。いや、億死くらいしやがれ!!
確かにね! ふわふわひらひらの白の薄衣を着て、髪に赤い薔薇なんて挿したショタは非常によろし……ごほんっ、素敵かもしれないが、ショタは彼等のあるがままの姿でいるのが一番なんだよ!!
それが分からん奴に、ショタを愛する資格はない!!
しかも現在進行形でイエスショタイエスタッチしやがっている。
いいか?! ショタコンロリコンの紳士淑女はなぁ、イエスロリショタノータッチが鉄則なんだよ!!
それを無視して何、汚ぇ手で震えるショタの細い肩に触ってんだ!! めちゃくちゃ羨まし……げふんっ、離れろこの野郎!!
「ほほぅ、確かに美人だなぁ」
ソファーを下りたおっさんが、しゃがみこんで……うわっ、お前、バスローブみたいの来てるせいで中が、ダークマターが見えそうじゃんか、目が腐っちゃう!!――乱暴に私の顎を掴んだ。
上向かせられ、まあそのお陰でダークマターは視界から消えたのでよしとしつつ、私はおっさんを睨んだ。
「売り飛ばす前に少しくらい味見しても構わんだろう、ぐひひひ」
おい、仮にも商売人としてどうなの。
八百屋の主人が仕入れた野菜(盗品である)を味見する様なもんでしょ?! それってどうなんだよ!!
睨み付ける私に、ぐへへと笑って一旦立ち上がったおっさんは、くるりと背後の長椅子に向き直り、そこで震えて泣いていた二人のショタに
「どけ! まったく、何を言いつけても役に立たねぇチビ共めが!!」
と怒鳴り、椅子から落とした。
その衝撃でひらりと捲れた白い服から覗いた柔肌に、怒鳴りながらもいやらしい目を向けるおっさん。
ぷつん。
私の中で、何かが切れた。
それと同時に、背中側で魔力縛りの縄が切れる。なるほど、ラルフ君はかなり良いところまで切り進んでくれたらしい。
魔力縛りの縄は、きっと縛ることができる魔力量に限度がある。
私の魔力は体内で出口を求めて渦巻いていた。子供たちを見たら、彼等の魔力は体内で沈黙していた。
縄が切られたことで縄として傷み、その力がさらに弱まったのである。
修行の成果の一つである腕力が上手く働いた。弱った縄など物理で千切れる。
前に自分がゴリラになったかもって悩んだことあったなぁ……本当にゴリラかも。
私はゆらりと立ち上がった。
右足と右拳を引く。そこに純粋な魔力を集めると、薄暗い部屋の中に微風が発生した。
おっさんがそれに気づいて振り返る。
「なっ……?!」
「牢獄で自分の愚行を悔いるんだな……」
全力で踏み込む。
拳に乗せた勢いをそのまま、おっさんの左頬へ。
「この、ゴミくそ野郎っ!!!」
私の渾身の右ストレートが、おっさんの太った左頬に直撃。魔力が乗って相当な衝撃であったはず。
衝撃波って言うの、そんな不可視のものがおっさんの左頬から右頬まで駆け抜けていくのを感じたよね。
おっさんは横にぶっとんで壁に激突すると静かになった。
おっしゃ、ルールを守らないゴミの様なショタコンを成敗したぜ。
ヒロインとしてはかなりよろしくない口調だったと思うけれど、すっきりした。
私はパッと突き出した右手を戻し、床で私のことを唖然とした表情で見上げている二人に駆け寄った。
「大丈夫?! 酷いことされてない?!」
「……」
「??」
「「わぁぁっ、すごい!!!」」
呆然としていた二人は、しゃがみこんだ私に飛びついてそう叫んだ。
え?!
私は固まっていたが、二人は勝手に「かっこいい」とか「正義の味方だ」とか騒いでいる。
段々硬直が解けてくると、私も嬉しくなってきて二人を抱きしめ返した。
ふわふわして、温かくて、守れたんだなっていう実感がぽかぽか湧いてくる。
ショタの正義の味方になれるとか、最高だ……私やったぜ、親友よ。
――すべてのショタを守ってこそのショタコンだもんね――
どこかから、懐かしい彼女の笑う声が聞こえた気がした。




