第4話.ショタコンと令嬢たちの予想
縄が解けたラルフ君は、すぐに身を翻して胸元から小さなナイフを取り出した。
「うごかないでね、おねえさん」
私は頷く。ラルフ君は私の手首の縄にナイフを当ててさりさりと切り始めた。
しかし、運の悪いことにその時丁度先程の気持ち悪い覆面の男が部屋に入ってきてしまった。
手だけでラルフ君にナイフを隠せ、と指示して私はもぞもぞにじり動いてラルフ君の手元を隠す。
「ボスがお前に会いたいと仰せだ。来てもらおう。なに、大人しくしていれば酷い目には遭わないさ、くくく」
「っ!!」
無理矢理縛られている手首部分を掴まれて立たされる。肩関節がよろしくない音を立てたの聞いてました?! もっと優しくしやがれ!!
「おねえさん!」
「ねえちゃん!」
ラルフ君とショーンが(何故、ショーンに“君”を付けないのか。なんか、いらねえなって、そんな気がするからだよ)蒼白な顔で私を呼んだ。
ふぐっ、天使かよ……
こんな状況じゃなきゃ抱きしめたい。
しかし私は両手を括られている囚われの身である。抱きしめられねぇよね……この事件が解決したら抱きしめていいかな?
そんな思いを込めて私は二人と、部屋にいる子供たちを振り返った。
皆、泣きそうな顔をしている。
「大丈夫。信じて」
「泣かせてくれるねぇ」
「うるさい」
「おお怖い」
そうして私は気持ち悪い覆面の男に引きずられて部屋の外へ出た。
―――――………
往来の真ん中で友人が風に拐われた様に姿を消した。
後に残ったのはふわりと石畳に落ちた群青のリボンだけ。
ラタフィアとジェラルディーンは唖然としてしばらくその場に立ち竦んでいた。
その硬直からすぐに復活したのはジェラルディーンである。
「一先ずここに立ちっぱなしになるのは止めましょう」
「え、ええ……」
そう言ってラタフィアの手を引き、道の端に避ける。
「どういうことでしょう、魔法の気配がしたのは一瞬でしたのに……」
「この手口、先程話していた子供の誘拐事件に似ているわ」
紅玉髄の瞳を石畳の地面に真っ直ぐ向けて、ジェラルディーンはそう呟いた。
絢爛な縦ロールの金髪が風に揺られる。その風がアイリーンを拐った犯人であるかの様に顔を顰めた。
「では、アイリーンも……?」
「でもおかしいわね。今までは子供しか拐われていないのよ。あの子は確かに何も考えていない様に見えるけれど、愚かではないわ。そんな子を拐うのは危険でしかないはずよ」
「……一つ、理由を考えましたわ」
ラタフィアがそう言って伏せていた目をゆるゆるとジェラルディーンに向けた。
「何? 言ってごらんなさい」
そう促すとラタフィアはこくりと頷いて言葉を続ける。
「……まずは、犯人が子供を誘拐する理由です。それは貴方が仰った様に誘拐に伴う危険が少ないからでしょう」
「ええ、その通りね」
「では、何故子供を拐うのでしょう? 他国に奴隷として売るにしても、子供は、労働力としては少し心許ないとは思いませんか?」
「……そう言い切ってしまうのは些か早計ではないかしら」
「ええ、ですからあくまで一つの可能性です」
その上で考えられるのは、とラタフィアは言い、その先をとても言い難そうに顔を顰めて口にした。
「……子供たちの魔力を目的としているのでは、と思うのです」
その言葉にジェラルディーンは目を見開いた。薔薇の花弁を乗せた様な赤い唇が震える。
「惨いこと……」
「これなら、アイリーンが拐われた理由も分かります。彼女の魔力は常人を遥かに上回る上質で膨大なものです……そして、彼女はとても美しい」
「ふん……だから高く売れる、という訳ね」
「ええ……」
ジェラルディーンは溜め息を吐いて目を瞑り、ふるりと首を横に振った。
そして再び目を開くと彼女は腕を組んでラタフィアに向き直る。
「恐らく、貴方の仮説は正しいわ。認めたくないけれどね……だとしたら、早く救出しなければ」
「我が家の者を動かしますか?」
「そうね……あら?」
ふとジェラルディーンはラタフィアの肩越しに知り合いを見つけて顔を上げた。
彼女の視線の先をラタフィアも振り返って追う。
「もしかして……」
「これは丁度良いわね」
「ええ。あら、あちらも私たちに気づいたみたいですわ」
ラタフィアはそう言ってジェラルディーンと共に、近づいてきたその知り合いに白百合の様に優雅な淑女の礼をした。




