第3話.ショタコンの誘拐(2)
ガチャ、と戸が開かれた。私の周りで子供たちが身を固くするのを気配で感じ、私は踏み込んできた黒尽くめを睨んだ。
「くく、そう睨んでくれるな」
気持ち悪い男である。テロリスト風味の口元の覆い、様々な欲が蠢く目。喋り方と言い、放つ魔力と言い、総合して本当に気持ち悪い奴だ。
「おい、そこの女」
「…………」
お前みたいな気持ち悪い奴に返事はしないぞ、と私はそっぽを向く。隣でラルフ君が震えていたので憤りが増した。
「こっちを向け!」
「っ!!」
無理矢理顎を掴まれて上向かされる。何やこいつ、やんのか? とガンを飛ばすが男はまじまじと私の顔を観察していた。
「ふん、やはり美しいな。お前は貴族に高く売れそうだ」
「……その前に、貴方たちは捕まる」
「いいや、そうはならねぇさ」
髪を梳く気持ち悪い手に触んな、と身をよじるとそんな声が降ってくる。
その自信はどこから……と再び睨み付けると、男は目をにんまりと逆三日月型に細めて語り始めた。
「子供は三十人集まった! 上等な魔力の者ばかりだ! お前たちに教えてやろう。他所の国ではな、魔力持ちの奴隷は大型魔導具の燃料として重宝されるんだ!!」
気持ち悪い男の気持ち悪い大声に、子供たちは震え、身をすくませて泣き出す子もいる。
私の隣のラルフ君は必死に涙をこらえている様だが、その可愛らしい顔は真っ青になっていた。
「お前たちの様な魔力量の多い者はとても高く売れる。くくく、自分の競りを楽しみに待つんだな」
今日中にこの国を出る、と気持ち悪い男は言った。
それでついにラルフ君にも限界が来た。
「うっ……っぅ……」
痛ましい表情で、きゅっと目を閉じたラルフ君はしくしくと泣き始めてしまう。
自分は貴族の子であるという彼の矜持が声を出して泣くことは許さないようで、ラルフ君は必死に声を押し殺していた。
気丈に泣くのを堪えていたラルフ君が泣き出してしまったことにより、他の堪えていた子たちも涙を溢し始める。
「ふっ、く、うぇぇん」
「もう、おうちにかえれないの?」
「いやだよう」
子供たちが泣いている!!
私は必死に考えた。きっと私がいなくなった瞬間をラタフィアとジェラルディーンが見たに違いない。
なんたって私はラタフィアのリボンが風に拐われたことをきっかけに誘拐犯の罠に嵌まったのだから、リボンが飛ばされた本人が振り返っていないはずがないのだ。
彼女等なら、どうするだろう。
多分自分で探すという危険は冒さない。彼女等は自分の立場をよく弁えている。貴族家の令嬢が、いくら誘拐されたのが友人とは言え自分で動いてはならないのだ。
それでいい。
彼女等の力ならば、きっと探してくれる人を呼べる。
ならば私は……
それまで子供たちを守ればいい。
気持ち悪い男が部屋を出ていった。
私はもそもそと腕を動かして、縄脱けを試みる。
ぽろぽろと涙を溢していたラルフ君が、顔をあげて「?」と痛ましい表情のまま私を見上げた。
「ぬけられないよ。おねえさんも、まりょくもちなんでしょ。むりだよ……」
「無理かはやってみなきゃ分からない。何とかして皆を助けるからね。諦めないで」
自分の腕の縄を解くのは難しそうだったので、私はくるりと後ろを向き、ラルフ君に「背中合わせになって」と伝える。
ラルフ君は怪訝な顔をしたが、こくりと頷いて(大変可愛い仕草だ)背を合わせてくれた。
私は指先の勘を頼りに、ラルフ君の細く柔い手首を乱暴に縛っている縄を解く作業に入った。
「私がこれを解けたら、今度はラルフ君が私のを解いてくれるかな?」
「お、おれね、ちいさいナイフもってるから、がんばる」
「ナイフか。ありがとう、任せる」
「パパがななさいのたんじょうびに、くれたんだ」
そう言うラルフ君の声は幾分か弾んでいて、背中合わせの状態でもその顔に笑みが戻ってきたのを感じた。
「きゅうさいになったら、けんをもらえるんだ!」
「そっか。それはすごいね」
「おれね、おおきくなったらおうさまにおつかえする、りっぱなきしになるんだ!」
騎士になるのが将来の夢か。
いいなぁ、夢を語るショタ。とても尊いもの、天からの祝福みたい。
「おれがきしになったら、おねえさんのこともまもってあげる!」
「ふふ、ありがとう。楽しみにしてるね」
ホァァァァッ?!
何なのこの子。有り得ないくらい尊い……尊すぎて浄化される……眩しい天使がふわふわと降ってきたみたい。
きゃわいすぎか……
と言うか、この縄の結び目、手強い。
ちょっと爪が欠けたかもなぁ、と思いつつ頑張っていじくり、ようやく少しだけ緩ませることができた。
「おねえさんは、もしかして、まほうがくえんの、せいとなの?」
「よく分かったね。その通り。学園で勉強中の1年生だよ」
「ふーん……」
ラルフ君はそう言ってから「まほうのべんきょうかぁ……」と呟いた。
その時、思わぬところから思わぬ反応が返ってきた。
「がくえんのひとなのか?!」
「えっ?! うんっ、はい!!」
勢いに押されて勢い良く答える。体育会系のノリである。
身を乗り出してこの話題に乗っかってきたのは、私とラルフ君がいる場所の左斜め前(私の視線の先である)に座り込んでいたショ……少年であった。
柔らかそうな、しかしあちこち駆け回った様に所々が跳ねた茶髪、程よく日焼けして鼻の周りにそばかすが見える肌。
大きな目は好奇心が似合う輝きを宿した濃灰色である。
私の人生初、快活系元気タイプのショタであった。
「可愛いねぇ(何か気になることがあった?)」
しまった。やっちまったぜマイケル。
「え?」
「ごめんごめん、何でもない。何か気になることがあった?」
ほらー、元気タイプのショタが困ってるじゃーん。謝んなよマイケルー。
「え、えと……」
彼がぽろぽろと話した内容を整理してまとめると、こうなる。
彼はショーン。教会で簡単な魔法を習っている平民の子であると言う。
その教会には週末だけ、学園のとある生徒が来て子供たちに魔法を教えてくれるらしい。
その授業的なものは普段教会の神父さんやらシスターが教えてくれる時とは少し違って、その生徒が作ってくれるフィールドで行うそうだ。
そこでは思いっきり暴れていいのでショーン含め子供たちはその生徒が大好きだと言う。
「その人のお名前は?」
「アーノルド! シスターはきっといいとこのきぞくのむすこだっていってたけど、アーノルドはぜったいおしえてくれないんだ。いつかおれはアーノルドのしょうたいをあばくんだぜ!」
「アーノルド……?」
「ねえちゃんしってんのか?!」
「……いや、知らない、かな」
何か引っ掛かるなぁ。
嫌な予感がするなぁ。
これはあれだよ。
記憶の底に眠ってる、実は知ってる記憶が引っ掛かってるやつだよ。
つまりね!
攻略対象の可能性があるってことだよ!
このゲームの攻略対象は六人。
現状私が遭遇したのは五人なのだ。
タップダンスを卒業した俺様系 (おちびさん)王太子レオンハルト。
水寮の寮長、紳士系(紳士)騎士道精神ギルバート。
多分闇が深い、毒舌系(怖い)美少年枠メルキオール。
私に決闘を申し込もうとしているらしい武士系(危険)男前枠エドワード。
私を襲った不法侵入者、変態の精霊(中二病)闇の精霊ノワール。
濃いよぉ~……泣きそう。
確かね、もう一人はねレオンハルトの弟だった気がするんだわよ。
「はぁ……」
「しらねーの? つまんないの!」
知らねーの。知りたくないの!
私はぐったりと俯いて溜め息を吐いた。
その時手の中でスルリ、とラルフ君の手首の縄が解けた。




