第2話.ショタコンの誘拐(1)
カフェを出たあとも、私の頭から誘拐事件の話は離れなかった。
それで難しい顔をしていたからだろう、ジェラルディーンが「ちょっと貴方」と私を呼んだ。
「先程の話が気になるのは分かるわ。けれど、貴方にできることがあって? わたくしにこんな暗い表情の者を連れ歩く趣味は無くてよ」
「ご、ごめん……」
「貴方にも七歳の弟がいるから余計気になるのでしょう。けれど、この件に関してはすでに国王陛下が手を打たれているわ。すぐに解決するはずよ」
「う、うん」
「貴方はいつも通り何も考えていなさそうな顔をしていれば良いのよ」
私そんな阿呆に見えるかな……ああ、そうじゃない。この件が余計気になるのは私がショタコンだからだと思うって話。
勿論、リオと同い年って理由もあるとは思うけれどね? でもほら、リオは特別枠の最高ショタだからさぁ……
それにしても、国王のところへ話が行くほど、大事になっているのだと知って更に気になってしまった。
かなりの数の子供が誘拐されているってことでしょ? 騎士団とか魔導士団が動かされているのだろうか。早く見つけてあげてほしい。
……捕まった子達はどんな目に遭わされているんだろう。無事かな……国外に売られちゃったりしていたら、見つけるのが難しくなりそう。
子供が誘拐されるって、私の曖昧本知識だけれども、変態ペド野郎共に買われる系の人身売買が多い気がする。
やめてほしい。ショタを守りたい系ショタコンとしては、本当に度しがたい話である。
「……うん、分かった。ごめんね、折角の休日なのに暗い顔しちゃって」
「ふん。分かればいいのよ」
そう言って前に向き直ったジェラルディーンの背を見つめる。つんつんしているけれど、その実「元気出して」的なお話だったよね?
ラタフィアの方を見ると、彼女はおっとりと頷いた。やはり、この解釈であっているらしい。
よし、気にするのは止めず、顔だけジェラルディーンの言う「何も考えていなさそうな顔」に戻そう。
そう考え、頬を軽く叩く。
その時、突然の強風が私たちの間を駆け抜けた。
少し前を歩いていたラタフィアの髪から群青のリボンがするりと解けて、風に流される。
「あ」
目の前を、まるで宙に踊る様に滑るリボンを私は追った。
軽く二歩踏み出しただけで、私の手はパシッとリボンを掴んだ。よし、と振り返ろうとした時、周囲に魔法が展開していることに気づく。
は?
周囲の景色が歪んでいて、どうしても前に進めない。風魔法で、空間を弄られたなぁと気づいた。
じゃあ魔眼で一発解決だ、と目に魔力を込める。
「ほほう、魔導具の反応通り、素晴らしい魔力量だな」
「?!」
背後から忍び寄ってきた誰かが、私の首に冷たい縄を掛けた。その瞬間、体内で魔力が上手く操作できなくなる。
何だこれ、魔力が、使えない……?
「くくくっ。大人しくしていれば、痛い目に遭わずに済むぞ?」
私が魔力状態の急な変化に動揺している間に、私の両手首を縛った悪党の男は、嫌な笑い方をしてから私の首に手刀を叩き込みやがった。
衝撃の後、意識が遠退く。
くそっ、やられた! 小児誘拐犯を探そうとしていたところで、別件の誘拐犯に捕まるとか有り得ん!!
私は脳内で自身の持つ語彙をフル活用して悪党を罵った。そしてそれからぐったりと意識を失ったのであった。
―――――………
結論から言えば、私誘拐事件は小児誘拐事件と同一犯であった。
つまり別件じゃなかったってこと。わーヒロイン体質、バリバリ働いていたね。
目覚めた私は、体内の魔力が上手く活動していない気持ち悪さに呻き、それから手首が後ろで縛られている若干の痛みに顔をしかめた。
辺りを窺う。ここは四角形の暗い部屋であるらしい。私の周りには小さい子供たちが、恐らく私を縛っているものと同じ縄で手や足を縛られて泣いていた。
ざっと数える。三十人はいると気づいて私は真っ青になった。
この数が、何日間このままこの部屋に置かれていたのだろう。
食事は、睡眠は? しくしく泣いているちびさんを、誰が慰めていたの?
私の隣にいる七歳くらいの少年は比較的綺麗な格好をしている。
状態、背格好や服装から推測するに『ざますマダム』たちが話していた『ブレナンのご子息』じゃあなかろうか。
「えーと、うーんと……貴方は、ブレナンさんの……?」
「!! おねえさんはだれ?! おれのおうちのことをしっているの?! パパがきてくれるの?!」
「しーっ、落ち着いて。ごめん、貴方のお父さんの知り合いじゃないの。でも、我慢して少しお話を聞かせてくれる?」
そう言うと、輝いた少年の表情は暗く沈んでしまった。
ヨーロッパの巨匠が描いた天使の様な金の巻き毛に柔らかな青色の瞳をした少年に落ち込まれると精神的ダメージが大きい。
「……うん、いいよ。がまん、する」
「ありがとう、偉いね」
そこから私は少し話を聞き、状況を整理した。
ブレナンさんちの坊っちゃんが誘拐されてきてから、すでにここにいた子供たちと話して得た情報によると、今回の件の初犯の被害者から全員がここにいるらしい。
それは良かった。いや、状況的には何も良くないんだけど。国外に売られたとかじゃなきゃ助けやすい。
そして、私たちの腕と魔力を縛っているこの縄は『魔力縛りの縄』と言うもので、これに肌が触れていると魔力持ちは魔力が使えなくなるそうだ。
だからかぁ、と私は呟いて腕をモソモソ動かす。外れそうにない。あの野郎、ギチギチに縛りやがって。
それから、誘拐犯共(複数犯だそうだ)は魔力の高い子供を狙って誘拐しているらしい。
視認式の魔力測定魔導具って言うらしいんだけど(流石貴族の坊っちゃん、よく知っている)見た目は片眼鏡なんだと。
それを着けて街中を歩き、魔力の高い子供を見出だしては、私の足を止めたあの風魔法で惑わせ、裏路地等に誘い込んで拐っているらしい。
「おれ、かぜまほうにはきづいたのに、さそわれてるのには、きづけなかったっ……」
「そっか。大丈夫、落ち込まないで。七歳なのにあの風魔法に気づいたなんて、すごいことだよ!!」
「う、うぅ……ほんとう?」
「あふっ……うん、勿論。将来有望だね」
激しく尊い……ここに来てショタの過剰供給である。
渇ききった学園生活との温度差で死にそう。死の北極にいた私をいきなり南国の楽園に突っ込むショタ(お名前はラルフ君である)。
私はそんなラルフ君や、周囲の子供たちを慰めながら、誘拐犯野郎共が部屋の戸を開ける時を待っていた。
ショタの配給が来たぞぉぉっ、一列に並べぃっ!




