第1話.ショタコンのお出かけ
学園に入学して初の休日がやって来た。
前世の記憶がある身なので、週末二日が休みなのは慣れ親しんだものでありとてもありがたい。
まあ、この世界が日本人が作ったゲームを元にしているからだろうけれど……
私は私服の薄青のワンピースを着て、街へと繰り出した。
隣を歩くのは白い襟と腰の白いリボンが可愛らしい水色のワンピースを着たラタフィアと……――――
「何故わたくしまで貴方たちと行かなければならないの?!」
「まだ言っていらっしゃるの? 予定は無かったでしょう、ジェリー」
「だからと言って……」
「私が声をかけた後、随分とお仕度が早かったのはどちら様でしたかしら?」
「…………」
白いブラウスに黒いリボンと赤いスカートのジェラルディーンである。本日も燦然と煌めく金の縦ロールが素晴らしい。
やはり彼女は悪役令嬢のテーマカラーと言っても差し支えない赤色が好きらしかった。
悪役令嬢だから赤が似合うのか、赤が似合うから悪役令嬢なのか。
赤は攻撃的な色だからかなぁ、と考えながら、私は膨れているジェラルディーンに微笑みかけた。
「うふふ、私は王都に詳しくないからよろしくね。頼りにしてるよ、ジェラルディーン」
「……ふん。まあ、頼られて悪い気はしないわね」
「ふふふ」
途轍もなく可愛いなぁ……
私とラタフィアは頬が緩んでしまうのをジェラルディーンに気づかれないよう、ふるふる震えながら学園の門をくぐる。
そして私たち三人は百花の都、王都ゴーデミルスの街へと繰り出していった。
―――――………
ありがたい話である。
私はお小遣いが入った革袋の財布を眺めてしみじみとそう思った。
これ、学園が平民の生徒に毎月くれるお小遣いから持ってきたものなのである。
結構な金額をこれから毎月くれると聞いた時は新手の詐欺かと疑ったが、どうやら詐欺ではなく学園の親切心であるらしい。
ただ、遊びすぎたら減額するので節制してくださいね、と平民の生徒に今月分を配りながら、副寮長のカイルは言っていた。
それから夏期休暇前に学園の創立祭があって、その際の服装代はお小遣いから出すこととも言われた。
それってドレスやら何やらってことじゃん? ちゃんと貯金しておこう。
愛憎と囁き声が交わされる絢爛豪華な夜会的なものに勿論興味は無い。
私が気になっているのはそこで供される美味しいご飯である。
国王陛下が来るような(そりゃあ、学園の創立者は初代国王だからねぇ)パーティーなのだから、とても美味しい料理が並ぶに違いない。
パートナーがいなくても良いらしいので気楽だ。私が「気楽」と思ったように、平民の生徒が気負わないようにするための措置であろう。
さて、そんなありがたいお小遣いを懐に抱いて、私はラタフィアとジェラルディーンの三人で街を歩き回った。
文具店では革製の羽根ペンケースを買って、これでもう羽根ペンが折れる心配をしなくていい、と安堵した。
カフェでこの世界初のケーキに大興奮した私は、つい周囲に魔力をきらきらと撒き散らしてしまい、他のお客さん方を驚かせてしまった。
ふわふわのチョコケーキ。オレンジ風味のクリームが良いアクセントで、私は椅子の上でぴょこぴょこする。
「チョコケーキだ、チョコケーキだ!」
「そんなにバタバタしないで頂戴。一緒にいるこちらが恥ずかしいわ」
「うふふ、可愛らしいこと」
お嬢様二人に、ちびを眺める目で見守られながら、私は今世初のケーキを存分に楽しんだ。
さて、ケーキをお腹に納めてしまうと流石の私も落ち着いた。
紅茶を啜りながら、甘やかな余韻にかぽーんと浸る。
そんな私の耳に、後ろの席のマダム二人の会話が入ってきた。
「……そうそう、ブレナンのご子息も拐われたそうざます」
「まあ、何てこと! 確か、七つほどだったはず……酷い話ざます」
「平民だけでなく貴族の子息令嬢にも誘拐の魔の手が及ぶなんて……」
「怖いざますねぇ……」
うん……「ざます」に突っ込んだら負けだと思おう。
それより重要な話があったよね!!
“七つほど”の“ご子息”ですってよ!!
つまり、七歳くらいの坊っちゃんが、拐かされたってことでしょ?!
許しがたい蛮行! 誘拐犯死すべし!
でもなぁ……
現実問題、私にできることは少ない。
精々、街中ですれ違うショタァ……子供たちに目を配り、怪しい人に注意することくらいか。
こんなときは悲しいな、学生身分。
私はそんなことを考えて、悪党に拐われどこかで震えているだろう坊っちゃんに思いを馳せた。
助けられたらなぁ……こう言うときこそ働かないものか、ヒロイン体質よ。




