第30話.ショタコンと弁慶の泣き所
端から見れば月も花も皆一様に恥じ入る様な、しっとりとした耽美な光景だろう。
月が降らす蒼い視線から隠れ、暗闇でそっと口付けを交わそうとする精霊に愛された乙女と、そんな彼女をひたすらに切望する闇の精霊。
私はそっとノワールの満月を映した湖面の様な黄金色の瞳を見やった。
切実に、やめてほしい。
私はリオ一筋なんだ!!
幼いあの日、私が私じゃなかった時のペド野郎とノワールの姿が重なる。
唇に触れる甘い吐息。普通の女の子ならきっと二度と忘れられなくなるであろう、人ならざる者の誘惑。
私は息を止めた。
今の私の手に文鎮は無い。
その代わり。
「っ!!」
師匠との修行で鍛えた脚力で、私はノワールの脛を思いっきり蹴った。
「ぐぁっ?!」
精霊にも弁慶の泣き所があるんだ!
勉強になったぜ!!
私は怯んだノワールを思いっきり押して、するりと隙をついて逃げた。
部屋からも脱出し、思い付くままに隣のラタフィアの部屋へ。
「ラタッ、助けてっ!!」
だんだん恐怖が追い付いてきた。
部屋の中でバタバタッとラタフィアに似合わない音がして、扉が勢いよく開く。
「アイリーンッ?!」
とにかく中へ、と部屋に引っ張りこまれて、ラタフィアは私を一人がけのソファーに座らせた。
「大丈夫ですか? 何があったのか、話してくださいな」
「うっ……」
ぽろっと涙が一つこぼれた。
多分、決闘やら闇の魔力やら、意外と私はいっぱいいっぱいだったのだと思う。
ノワールの登場とセクハラでそれに限界が来てしまったんだ。
「うっ、あのね……部屋にね……」
「ゆっくりでいいですわ、アイリーン」
「ん。ひっく……部屋に、へ……」
ラタフィアが魔法でお湯を沸かし始めた。すごいなぁ、温度を変える魔法って難しいのに。
そんなことを考えつつも、口は続きを話している。精神は年相応に参っているけれど、魂が落ち着いているって感じがした。
享年にアイリーンとしての年齢を合わせたらそこそこいい歳だからね……
「へ、へんたいが……」
年相応に参っている精神が、えれぇことを口にした。
ラベンダーか、何かのハーブティーを淹れてくれているラタフィアがピシッと笑顔のまま固まった。
間違っているかな。
うーん、でもノワールがしたことは明らかに変態行為だったしなぁ。
うん。彼の扱いは今後“変態の精霊”ということで、よしとしよう。
その方が変な話だが気楽だ。
ラタフィアが温かなハーブティーが揺れるティーカップを私に差し出しながら「もう一度言ってくださいますか?」と訊ねてくる。
「ノ、ノワールが、変態で、その……」
精霊って言うと私が『精霊の愛し子』ってことに触れないと説明しにくいところがあるから仕方無く彼を「変態」と呼称することにした。
悪意? あはは、無いよ(棒読み)
「キ……キスされそうに……なって……」
私の肩に触れていたラタフィアの手が、ギリッと握り込まれた。
痛た、痛いぞラタさん。笑顔のままなのがまた怖い。
「そうですか、分かりました」
「へ……?」
「もう何も心配ありませんわ。すべて私に任せてくださいな」
「え、あ、うん……」
「今日は私の部屋に泊まっていってくださいな」
「それは是非よろしく」
私はハーブティーのお陰でかなり落ち着くことができ、ラタフィアの隣で深い眠りに落ちた。




