第28話.ショタコンと不法侵入者
決闘の日の夜。
しんしんと窓から降り注ぐ月光はうっすら蒼く、微風が外で木々をさざめかせているのが聞こえる。
色々あったなぁと思いながらベッドに突っ伏して、私は闇の魔力や隠れ邪神ファンについて考えていた。
初めて間近に感じた闇の魔力は予想以上に危険そうで、更には人ひとりを操れる様な上級邪神ファンが私を狙っているかもしれないと分かり、気が気でない。
はぁ……早く捕まれ隠れ邪神ファン。
私はぐったりと枕に顔を埋め、本日何度目か分からない深い溜め息を吐いた。
ふ、と不意に月光が翳る。
自分でも信じられないことに、私はその無いに等しい幽かすぎる気配にそっと少しだけ頭を上げた。
それにしても、よく気づけたな、私。
欲張りな暗雲が夜空の女神を独り占めしようとしたのか、しかしそれにしては不自然で……
まるで私の前に誰かが立って、光を遮ったみたいな……
「っ!!」
考えた直後、私は一瞬で掛布をその方向へはね除け、タンッと軽く跳躍して部屋の真ん中に移動した。
「流石、敏いな」
「……誰」
私が目眩ましのつもりで飛ばした掛布を簡単に避け、部屋の暗がりに下がった者がくつくつと喉を鳴らして笑う。
侵入に気づけなかった。窓も扉も開いていないのだから、誰かが侵入してくるなんて思いもしなかったし。
と言うか、本当にどこから入ってきやがったんだ? 誰だ、この不法侵入者!!
「さあ、自分で確かめてみたらどうだ?」
「姿を見せて」
からかう様な言葉に冷たく言い返す。
何故か、その不法侵入者が立っているベッドの横、窓から差す月光の当たらない場所は異常に暗い。
寝る前はこんなじゃなかった。
そのせいで不法侵入者がどんな姿をしているのか全くと言っていいほど見えない。
怪しい魔法を使っているに違いないと見当をつけ、私は短く息を吸う。
「ははっ。まあ、いいぞ」
笑った不法侵入者が一歩踏み出す。
緊張。私はきゅっと手を握り締めて瞬きをせずに次の一歩を待った。
更に一歩。窓からしんしんと降り注ぐ月光の中に、不法侵入者が踏み込んだ。
「……は?」
「はっはっはっ。驚いているな? 無理もないか」
静謐な蒼い月光に照らされて、私の部屋の真ん中で目を細めて笑っていたのは、同級生で肉をこよなく愛する青年、ノワールであった。
―――――………
ノワールは、茶髪に焦茶の瞳で格別目立った特徴もない青年であるはずだった。
ゲームが元になっているに違いないこの世界では、所謂“モブキャラ”と呼ばれる存在であるはずだった。
それが、こうして真夜中にどんな方法か分からない手段で私の部屋に不法侵入して微笑んでいるなんて。
もしやこれは、私が“ヒロイン”としての役目をきちんと果たしておらず、ゲームシナリオを無視して好き勝手していた為に起こった変化なのか?
シナリオが変化したとして、ならば彼は何をしに来たのだろう。
私が睨む先で、魔眼の力をちらつかせ始めた私の目の黄金色が、ノワールの瞳に映った様な気がした。
それを見て私はようやく思い出した。
こいつっ……攻略対象だっ!!!
ノワール。その名前は、ゲームの説明書のキャラクター紹介欄で見た覚えがある。
ショタではなかったからまったく記憶に残っていなかった。
底の方に沈んでいた記憶をこの状況でやっと掬い上げられたって感じである。
……あれ?
そこまで思い出せば、キャラクタービジュアルも思い出せた。だが、なんとも変な感じである。
……本当に、彼が本物のノワールなの?
私が見たノワールは、黒に近い程に濃い紫の長髪に黄金色の瞳をした、尖った耳の青年だったはずなのに。
目の前で笑む彼は、どこからどう見たって少し顔の整ったモブキャラである。
どういうことだろう。まじでヘルプ。
誰か私の曖昧すぎるゲームの記憶を鮮明にしてくれないだろうか。
「アイリーン」
「ひえっ、しゃべった!」
「……はぁ。少し、話をしようじゃないか」
てめぇと話すことなんて無いぞ!
私はそんな気持ちを込めて、魔力を込めた目でギリッと本物か怪しいノワールを睨み付けた。




