第26話.ショタコンと闇の魔力
ちょっとさ、誰でもいいから何が起きているのか説明してほしい。
いや、私はさっきまでね、ティーナを適当にあしらって戦っていたわけよ。
華々しい今学期最初の決闘だって言うから少しくらい挑戦者の彼女に花を持たせてあげようと思って。
少しやってから、疲れたなぁとか、昼御飯食べた直後だから眠いなぁとか、そんなことを考え始めてしまったので、片付けようと少し力を込めた『海波』をぶつけてみた。
ものの見事に吹っ飛んだから気絶したかなぁって思ったんだけどねぇ……
ティーナ、なんかいきなり叫ぶやん。何なの本当に。あり得ん。
観客席から戸惑いを感じるよ。お客さん困ってるでしょ、よしなさい、ティーナ。
そんなふざけたことを考えていたら、唐突にポケットの中のティーナのバッジが重たくなった。
これね、決闘後に返す決まりなんだってさ。だから持っていたんだけど……
あんまりにも気味の悪い気配がするからバレないように魔眼を発動してみた。
うっわぁ……
ティーナが倒れているであろう辺り(砂埃で見えない)に、うねうねと黒い粒子の群でできた様な帯状のものが沢山揺れていた。
最高に気持ち悪いぞ。
通常の視界では捉えられなかったものだから多分観客にも見えていない。
ちらっとラタフィアとジェラルディーンの方に目をやったら嫌な予感がした。
ジェラルディーンが時折こちらを見ながらラタフィアに何事か話しかけている。
ラタフィアは困ったように私を見て、ジェラルディーンを見て、首をゆるゆる振っていた。
こりゃあ、ジェラルディーンに魔眼だってバレたな。
目、良すぎやしないか。
それからティーナに視線を戻すと、黒い気味の悪い帯たちを纏ったまま、彼女はゆらりと立ち上がっていた。
俯いている。さっき何ともまあ会場を困惑させる悲鳴を上げた人とは思えない静かな様子だ。
嵐の前の静けさ。
私には感じられる。
ひしひしと迫り来る、先程とは明らかに質の違う魔力。あの黒いうねうね帯が放つ生理的に嫌悪感を抱く様な力だ。
闇の魔力ってこういうのを言うのかな。だとしたら、ティーナが隠れ邪神ファンなの?
師匠が言っていた。邪神ファンの人たちは生来の魔力を闇の力に塗り替えているらしいと。
どうも、封印されている邪神からもたらされる力らしくて、元々の魔力よりも強大な力を扱えるんだって。
それを聞いた時、リオが菫色の瞳を丸くして訊ねていたことを思い出す。
――「ししょーさん、それは、おねえちゃんのめにはみえるの?」――
分からない、と素直に答えていた師匠。
見えるよ、まじで見える。多分間違いなくあれは闇の力だもの。
闇の力に触れたことがなくても何となく分かっちゃったよ。私が『精霊の愛し子』だからかな。
滅茶苦茶、嫌悪感を覚えるんだわ。
こりゃあ精霊と敵対するものの力ですわな。鳥肌が止まらない。
「ぐう、ぐうぅ……妬ましい……あんた、なんて……っ、うわぁぁぁっ!!!」
え、今「妬ましい」って言った? と思った直後、ティーナが再び絶叫し、黒い帯がブワッと広がった。
細やかな闇の粒子がこちらに向かってくる。これは明らかに異常事態だ。『水壁』で防御しつつ、実況席を見る。
『……え、ええとこれはどういうことでしょう? ティーナの魔力が膨れ上がって……何か様子が変です!! 水寮長!!』
あっ、クラリッサが席を立って奥へ引っ込んだ。ギルバートを探しに行ったのか。
「あっ、あはは……力が溢れてくるわ……あたし、あがっ、ぐうぅっ、あ、あははははっ!!!」
バッと視線を戻すと、ティーナは呻いたり叫んだり笑ったり忙しそうだ。
しかし、問題は黒い粒子と私の『水壁』である。
侵食されてるっ!!
私の展開した『水壁』に黒い粒子が入り込んで内側から腐らせるかの様に侵食している。
まるで、私が魔力で他人の魔法を書き換える時みたいに。
私は取り敢えずポケットの中で明らかに闇の魔力を放っていて重くなる一方のティーナのバッジを彼女の方へ思いっきり投擲した。
仕返しのつもりはないが、それはケタケタ狂った様に笑っているティーナの額にストライク。いぇい。
その隙を付いて『水壁』はそのままに左へ走り出す。
ギルバートが来て決闘中止の合図なり何なりをしてくれるまでは、自分で彼女を抑えなければ。
私が動いたことに気づいたティーナが、叫びながら右手をこちらに向けた。
闇の魔力の粒子が水流の様に……いや、実際に『水流』が発動している。問題は、先程よりも高威力で速いってこと。
観客が騒いでいる。多分彼らにはただの水魔法にしか見えていないのだろう。それが突然威力を増して、更には術者が絶叫していれば、そりゃあざわつくよね。
致し方ないっ!!
魔眼で振り返り様に闇の『水流』を書き換え、破壊する。
乱暴にやったのでただの魔力に戻って空気に解けていく様なことにはならない。破裂して辺り一面を水浸しにしてしまった。
まあいっか!
ティーナが叫びながら闇に濁った水魔法を連発した。
ふむ。
まだ飛び散っている水滴は、すでに私の魔力の支配下にある。やってみよう。
「せいっ!」
細やかに空中に浮かぶ水滴をその場で停止させ、頼りない様に思えるそれを足場に宙へと駆け上がった。
観客がどよめく。何かどっかから「アイリーンッ!!」とか言う王太子ボイスが聞こえた気がするけど気のせいだ。
ひらり、と何もない空中に身を投げる。両手を広げ、くるりと舞う様に回転。
ティーナが再び発動した『水流』を再び書き換え、私の魔法にしてしまう。
「『水槍』十槍!!」
砕かれた『水流』が、私の周りでしゅるりと形を変え、鋭い水の長槍になった。
「おかしい、だって、あんた、なんて、うっ、ぐぁぁぁぁっ!!!」
「何がおかしいか知らないけど、言い掛かりは困りますー」
右手を振り下ろす。発射される十本の水の槍。聖水の戦乙女が持つに相応しい程の魔力を秘めた槍だ。
ティーナに直接当てず、彼女を取り囲むように地面に突き刺す。そこそこの魔力を込めたからしばらくは形を保つはず。
「変形『水牢』」
突き刺した十本の水の槍の中の魔力を、ひらりと着地しながら遠隔操作する。
確実に、一年生ができることじゃないけれど、今はそんな悠長なことを言っていられない。
明らかに異常事態なのだから。
それに……
闇の魔力はかなり暴走しているように見える。このまま動き続けたらティーナの身体が保たない気がした。
十本の『水槍』が形を変えて繋がり、細い柵を形成して一つの鳥籠の様になる。
「ちょっとじっとしててね。『水縛』」
肩をすくめて鍵言を放った。鳥籠の水柵から細い水の帯が伸びてティーナの身体を絡め取って拘束する。
「ぐ、あぁ、うぅ……」
「暴れないで。これ以上は優しく捕まえられないから」
これ以上暴れられたら骨折るしかないなぁと物騒なことを考えて、私は闘技場を見渡した。
結界はまだ解除されていない。これが解かれないと私は外へ出られないし、誰も中へ入ってこられない。
うーん。
ギルバート、早くして。
私は呻くティーナを見張りながら、結界を眺めてぼんやり待った。




