第22話.ショタコンと突然の突撃
メルキオール危険認定のお時間となった『魔法生物学基礎』が終わり、放課となった。
私はぐったりしながら鞄を手に、ラタフィアと並んで寮への道を歩いていた。
しずしずと、美しい栗色の髪を揺らして歩くラタフィアは本当に、白百合の女学生という形容が恐ろしく似合う。
ぐったりしているせいで猫背な私と違って、彼女の背筋は一切曲がらず、しゃんと伸びていた。偉い。
「元気を出してくださいな」
「うん……ありがとね、頑張ってくれて」
このぐったりした倦怠感の原因は、大部分がメルキオールで残りの少しが魔力の出しすぎだ。
加減を忘れて魔力草の種に魔力を注ぎ込んだため、少し魔力欠乏気味である。
多分、ラタフィアもただじゃ済んでいないはずなのだが、どうしてここまでしゃんとしていられるのだろうか。
「ふふ、いいんですわよ」
「ぐったりしないの……?」
「倦怠感はありますわ。けれど、カスカータの名を背負う者として、常に背筋を伸ばしていなければ」
「大変だね……貴族って」
「ええ、富を持ち、地位を得ると言うことにはそれ相応の責任が伴うものです」
世界中の貴族がラタフィアみたいな考えだったら、世界は少し平和になるだろうなぁ……
そんなことを考えながら進んでいた私の耳に、背後から何やらズドドドドと言うえれぇ音が聞こえてきた。
「……ん?」
振り返ると、見たことあるようなないような顔の女子生徒が、女の子にあるまじき勢いでこちらに走ってきていた。
腿をしっかり上げた良いフォーム。素晴らしい走りだ。翻るスカートから、白い太腿が覗く。
制服の胸元に、傾き始めた日の光が当たって煌めいた青。水寮の一年生であることを示すバッジだ。
なるほど、見たことあるようなないような気がするのはクラスメイトだからか。
その女子生徒は、振り返った私たちの前にキキーッとブレーキを掛けるようにして止まり、ふしゅーっと荒く息を吐いた。
「アクア・パヴォーナ寮、一年、アイリーンッ!!」
「へぁっ?!」
物凄いドスのきいた声で叫ばれた。私は驚いて変な声を上げる。
彼女はブチッと自身の胸元の雫型のバッジを毟り取って私に投げつけた。
何とも私はそう言った運と言うか何と言うかを持っているらしく、それをまんまと額に食らった。
「おふぅっ?!」
「あたしは同じくアクア・パヴォーナ寮の一年、ダドッド村出身、ティーナ!!」
額に跳ね返って地面に落ちそうになった彼女のバッジを左手でキャッチし、右手で額を押さえる私の隣でラタフィアが「あらまあ」と呟く。
そんな中、ティーナは私をビシッと指差して宣言した。
「あんたに決闘を申し込むわっ!!」
状況やその他色々なものが上手く飲み込めず、私はしばらく固まっていた。
そしてようやく私が言えた一言は。
「は、はあ……?」
と言う気の抜けた返事であった。
―――――………
この国立シェイドローン魔法学園には、決闘制度と言うものがある。
私闘は禁止だが、きちんと名乗りを上げてとある手続きを踏めば決闘を申し込むことができるのだ。
その“とある手続き”と言うのが、先程ティーナがやって私の額にダメージを与えた「バッジを投げつける」と言う行為。
元々決闘と言えば手袋なんだけど、この学園の制服に手袋付いていないしね。
多分そんな考えから、バッジ投げは生まれたんだと思う。
決闘については男女平等、年齢も関係無い。つまり先輩が後輩に申し込んだり、後輩が先輩に申し込んだりするわけで。
先輩が申し込むって確実にリンチ目的だよねって思う。
明日の昼休み、昼食後に闘技場へと言い捨てられ、ぽかーんとした私と苦笑しているラタフィアはその場に残された。
私はぽかーんとしたまま手の中のティーナのバッジを見下ろす。
「……?」
何だろう、これ。
裏側が本物ではなさそうな銀色で、安全ピン的なものが付いているこのバッジ。
表面は七宝焼きみたいなつるりとした青色で、私のやラタフィアのものと変わりは無いように見える。
けれども、私の目には何かが違って見えた。
きゅっ、と魔力を込めた私の目。ほのかに輝く魔眼の力の一つ。
……黒い、靄?
青いバッジを取り巻く微かな黒い靄。
ぞっと悪寒が走る。
「ラタ、これ、何か、変なの見える……?」
私は恐る恐るバッジをラタフィアに差し出した。
彼女は不思議そうな顔でバッジを見下ろし、そしてふるふると首を振った。
「申し訳ありません。何も見えませんわ」
そう言って顔を上げた彼女は、私の顔を見てピタリと動きを止めた。
その鮮やかな青風信子石の瞳が、私の目を見ているのが分かる。
しまった。動揺してしまって元に戻すのを忘れていた。
魔眼も希少な体質である。目立ってしまうこと間違いなしだから隠しておこうと思っていたのに!
「アイリーン、その、目は……」
「な、何のことかな?」
声が上ずる。元々嘘は得意じゃない。
「魔眼ですのね?!」
「ひゃっ!!」
ガシィッとラタフィアらしくない勢いで肩を掴まれた。
「ラ、ラタ……」
「安心してくださいな、誰にも言いませんから」
すごい早口。怖いよ。
「ですから、その……」
「は、はい」
ラタフィアは少し口ごもり、しかし私の目を真っ直ぐ見て続けた。
「たまにで良いのです……私に見せてくださいませんか?」
「へ?」
「その、私、綺麗なものが好きで……それに、魔眼を持っている方と言うのはとても希少な存在ですの。なかなかお話を聞く機会もありませんし……」
そう言えば一時間目の前にジェラルディーンと話していた気がするなぁ。
――「そう言えばそうでしたわね。儀式の後に何かがあって遅れたと考えていましたけれど、アイリーンみたいに綺麗な子、私が見逃す訳がありませんわね」――
――「……相変わらず、綺麗なものが好きね」――
――「ええ」――
その時は何のことか全く分からなかったけどそう言うことなの。なるほどね。
そこまで考えて、恥ずかしそうに頬を染めるラタフィアに私はこくりと頷いた。
「分かった。秘密にしてくれるなら、いいよ」
ラタフィアの顔が輝く。
「ありがとうございます!!」
「あはは……」
不思議な趣味だなぁ。
“綺麗なもの”と言ったら普通思い浮かべるのは宝石とかだよね。それが、人かぁ。
綺麗と言われて嬉しくないわけがないのだが、何ともまあ、照れる。
だって魔眼って私からしたら中二病でしかないからなぁ……
キラキラと元気になったラタフィアが、早速明日の計画を立てましょう、と拳を握るのを眺めてこっくり頷く。
まあ、友達が喜ぶならいいかな。
ラタフィアは信頼できるし。
私はそう考えて、明日の計画へと頭を切り替えたのであった。




