第21話.ショタコンとメルキオール
ぐったりとした気分のまま、埋めたばかりの魔力草の種に魔力を注ぐ方法を習うことになった『魔法生物学基礎』の第一回授業。
最悪だったのは、魔力を注ぐ方法をディオネア教授が口頭で説明した後、実践してみようとなった時に、先輩としてメルキオールが補助に入ったこと。
何も考えていなさそうに底抜けに明るいディオネア教授も一応そこそこに考えていたらしく、教授が男子生徒を主に、メルキオールが女子生徒を主に補助することになった。
確かにね! 男子って年下の癖に先輩でしかもモテる男の子の言うこととか聞かないよね!
くそっ、今だけ男の子になりたい、とか思いながら、私は近づいてくるメルキオールの気配に溜め息を繰り返していた。
幸いなことに、メルキオールは基本的にできない子のところへ行くので、できれば問題無いと分かった私は必死で種に魔力を注いだ。
女子生徒の黄色い悲鳴がうるさい。耳に刺さるバックグラウンド・ミュージックである。
「あの、アイリーン」
「ぐぬぬ、注ぎまくってやる……」
「アイリーン!」
「っ! 何、ラタ?」
メルキオールに近づかれないよう、しかし彼に突然話しかけられたら驚くだろうから彼から視線を外さずに、必死に魔力を注ぎ続けていたら、ラタフィアに腕を引かれた。
「あの……注ぎすぎでは……?」
「え?」
手元を見ていなかったので私はようやく黒々とした植木鉢の土に目を向けた。
「あっ」
銀色の芽が出ていた。
白銀から作り上げた様な艶々とした繊細な双葉。周りを見てみるが芽が出た人なんて一人もいない。
「う、埋めるか……」
「駄目だよ、折角出てきたんだから」
「ひっ!!」
メルキオールだった。いつの間にか、机を挟んで向かい側に来ている。
彼は美しい紅玉の瞳を銀の双葉に向けて、何やら呟いていた。微かながら聞き取れたのは、色が、という単語。
つい、妖怪にでも出くわしたかの様な声を出してしまったが、彼は気にしていなさそうである。
その代わりに、ラタフィアが微妙な表情をしていた。
「銀色、ねぇ……」
刹那ピジョンブラッドに煌めく銀光。入学式の日、学園長室で魔水晶から溢れ出た私の魔力の蝶たちの色。
「ふぅん……」
なななな、なんだよ!!
こちらをつい、と見たメルキオールに、私は必死に目をそらしてラタフィアに助けを求める。
隣でラタフィアは困ったように小首を傾げて微笑んだ。
あーっ、駄目だ、援護は期待できそうにない。
「注ぎ方は上手だね。でもやり過ぎ」
「うっ、はい……」
「よそ見しちゃ駄目だよ」
ごめんね今も絶賛よそ見中。
あっ、土寮の女の子達に射殺さんばかりの視線を向けられてる! やめて、許してぷりーず!!
「こっち向きなよ」
「ひえっ?!」
頬に触れるメルキオールの手。白蝋の様に色が無いのに、意外と温かい。
なんでっ、攻略対象ってっ、スキンシップ過多なんだよっ!!
慣れてるのか?! そんな無害そうな顔しておいて(私にとっちゃ無害じゃないどころか有害だ)実のところ百戦錬磨、千切っては投げ千切っては投げなのか?!
つ、と顎を掬われる。私を睨んでいなかった一部の女子生徒からさざめくような悲鳴が上がった。
うん、分かる。多分、外から見たら相当絵になるよね。私のとこだけ消ゴムかけてくれるかな?
無理矢理、なのに強いるような力は入ってない手で、ついに正面を向かされる。
再び視界に現れるピジョンブラッド。その華やかな鮮やかさが今は恐ろしい。
「まあ、良くできました、かな。そう言えば僕も初日で芽を出させたんだよ」
私の顎から手を離し、メルキオールは偉い偉い、と微笑んだ。
「ど、どうも……っ?!」
そこから突然彼は身を乗り出して(ここで辺りの悲鳴は最高潮)私の耳元に口を寄せた。
「少しは力を隠したら? もしかして死にたいの?」
アルトボイスに滲む毒。
甘やかな百合の薫香に包まれて、外からは見えない小さな毒棘に誰も気づかない。
ふっと離れていくメルキオールは変わらず微笑んでいた。
私は決めた。こいつは危険だ、もう二度と近づかんとこ、と。
私が微かに敵意を滲ませた視線を向けたにも関わらず、彼は「続けて?」と笑って去っていく。
「アイリーン、大丈夫ですか?」
「…………はぁ」
「元気を出してくださいな、ほら」
ラタフィアは苦笑して自分の鉢を指し示した。
そこには群青の双葉がぴょこんっと土から突き出ていた。




