第20話.ショタコンと魔力草の種
温室に注ぐ柔らかな陽光の下で、メルキオールは何故か儚げに見えた。
さらりと揺れるつやつやの黒髪。鮮やかすぎるピジョンブラッドの瞳は、長いまつ毛に縁取られて、眦がほんのり赤く色づいている。
涙とか浮かべていたらとても綺麗だろうなって思わせる目元だ。何て言おう……難しいけど、端的に言えば耽美って感じ。
十五歳でこれか……君の将来が心配だよ。
とても失礼だけど、なんか若くして天に召されてしまいそうな危うさ。
天才って夭逝しそうな感じがしない?(人のこと、夭逝“しそう”とはあまり言わないし言うべきじゃないけど)
まあいいや。取り敢えず……
十三歳の君が見たかったっ!!!!
よし、以上。ふう。
植木鉢ばかり置いてある棚の後ろから現れたメルキオールは、でかい鉢植えを抱えていた。
あまりにもでかすぎてふらついている。
「ありがとう。やっぱり大きいね!」
「重すぎ。片付けるの、教授がやってくんない?」
「いいよー」
メルキオールが運んできた鉢植えの植物は、彼の背よりも大きな植物だった。
太い緑の茎はラガーマンの太腿くらいありそう。根本には王様を扇ぐ奴かよってくらい大きな緑の葉が生えていた。
茎の先に、これまた大きな花がある。若干頭を垂れた様に微かに下を向いた、三つの大きな黄色い百合の花だ。
これがメルキオールの魔力草か。
……すごく強い、土の魔力、というより何か、違う気もするけど。
植物全体を構成するものは、植物本体とメルキオールの魔力で半々と言った感じである。
そしてあの巨大な百合を構成している彼の魔力は、恐ろしく純粋で、温かみを感じる土に近しい何かの属性であった。
「あら、とても純粋ですわね……」
「何だろ、土なのに土じゃない」
「シルヴェスター寮長の属性は土から派生した木ですわよ」
「木? そんなのあるんだ……ふぅん……」
木ね。なるほど、確かに言われてみればそんな感じだ。
「おっきいよね。メルキオールは魔力が多くて強いからだね」
ディオネア教授は、そう言って百合の花に触れる。その青玉の瞳は優しげに細められていた。
「うんうん。じゃあわたしが鉢植えと種を配るからね」
メルキオールの鉢植えから離れ、そう言ったディオネア教授は、木製の台車に大小様々な植木鉢を乗せて、がらがらと机の並ぶところへやって来た。
ぽん、と教授の手が生徒の頭に乗る。いきなりのことに、それをやられた土寮の男子生徒は固まっていた。
「うんうん、君はこれだね」
そう言って男子生徒の頭から手を離したディオネア教授は、台車から普通サイズの植木鉢を取り、ヒマワリの種くらいの大きさの黒い種を添えて差し出した。
男子生徒は戸惑いつつもそれを受けとる。
それににっこり笑った教授は、そのまま次の生徒の頭へ。頷いて植木鉢と種を差し出す作業を繰り返す。
「……魔力量を、触れるだけで測っているのですわね」
「え」
土寮の貴族令嬢が結構大きな植木鉢を受け取ってドヤ顔している。
何て言うか、本当にすごくドヤ顔だ。
「目立つじゃん……」
「仕方がありませんわ。あらあら、抑えても無駄でしてよ」
「むぅ」
さて、土寮の生徒全員に鉢と種を配ったディオネア教授は、次に水寮の生徒が固まっているエリアへやって来る。
後ろの方の席にいたために、早々に頭にぽんっと教授の手が置かれた。
「うんうん、君はこれだね」
そう言った教授は、台車の上の段に置いてあった一つだけの馬鹿みたいなサイズの(メルキオールの鉢に負けず劣らずだ)植木鉢を私に差し出した。
うーわーー、最悪。
同級生たちの目!
さっき土寮で一番大きかったってドヤ顔していた令嬢が目を見開いた後、ギリッと私を睨んだ。
マジやめてくれ、目立っちゃったじゃんか!!
黒い種を掌で転がして、私はラタフィアが隣で結構大きな植木鉢を受け取るのを見て溜め息を吐く。
そしてふと顔を上げると、教卓の横にいたメルキオールと目が合った。
さっきまで若干眠たげに伏せられていた長いまつ毛が上がっている。鮮烈なピジョンブラッドがこっちをまじまじと見つめていた。
え……まさか、興味湧いたとか、そういうこと言わないよね?
君、私に興味無さそうだったよね? 面倒臭いとか言ってる系男子だよねそのままでいてよ。
私はすでに土で満たされて重たすぎる馬鹿みたいなサイズの植木鉢に黒い小さな種を押し込みながら、大きく溜め息を吐いたのであった。




