第19話.ショタコンと温室の教授
昼食の後は『魔法生物学基礎』と言う理科っぽい授業であった。これは土寮スオーロ・チヴェッタと合同である。
場所はこれまた外。円形の温室だ。巨大な蔓植物が、陽光を透かすガラス張りの天井にまで這っていた。
まるでジャングルである。
そんな中を同級生と肩を寄せ合って通り抜けた(道らしき部分の両側には所々触ったら多分絶対よろしくないだろう植物が繁っていたからだ)先に、白い石製の机が並ぶ開けた場所があった。
その奥には教卓だろう机(蔦まみれ)や大小様々な植木鉢が置かれた棚がある。
「皆さん、こんにちはー」
「「「こんにちはー!!」」」
「うんうん、とても元気だね。大変よろしいね」
そして、この温室の主であろう『魔法生物学基礎』の教授はなんとも奇抜な格好をしていた。
緑茶って言うのか、そんな色をした魔女っぽい三角帽には沢山の植物が絡み付いており、特に左側でがぱりと赤い口を開けている蝿取り草が大変目立つ。
帽子の鍔は広く、後ろ側には西洋木蔦がだらりと垂れていた。
ああ、西洋木蔦って分かりにくいな……ほらアイビーってやつだよ。
そんな植物植物しい帽子の下にある茶色の髪は酷い癖っ毛で、ぐるんぐるんとあちこちで渦を巻いている。
しかも驚きなのは渦の一つ一つに小さな鉢植えが乗っていること。芽が出ていて可愛いが、髪飾りとしてはいただけない。
ほんのりと日焼けした肌に映える輝く瞳は鮮やかな青玉の色だ。
教授というからかなり年上なはずだけれど、一見して彼女は同い年の健康的な美少女であった。
私とさして身長の変わらない身体に纏うのはダボダボの白いシャツに青いオーバーオール。かなりサイズが合っていない。
しかもそのポケットや袖からは蔓植物や何か怪しい紫の葉っぱが覗いており、この人どんだけ植物隠し持ってんだ? と感じさせた。
「わたしはね、この『魔法生物学基礎』を担当するヘデラ・ディオネア。ディオネア教授って呼ぶと良いね」
ちょっ、肘まで適当に捲ってある袖から何か出てる!! 緑の蔓がっ!!
「この時間のこの授業は、水寮と土寮の合同だね。これは一年間、変わらないね」
帽子の蝿取り草の口に蝿が!
あっ、捕まった。口閉じていく!
それにしても早くない? 蝿取り草の口ってもっとゆっくり閉じるよね?
「さーて、今日は魔力草の種を蒔こうね」
全然集中できない。マッスルの種って聞こえた気がするけど何それ。
「魔力草ってなんだろね。分かる人」
ああ、魔力草ね。びっくりした。それが何かは分からないけれど、マッスルの種よりマシだろう。
私が一人で混乱して一人で納得している間に、平民の子達が競い合うように手を挙げていた。
皆偉すぎないか。私、そもそも予習するという考えがなかったよ。
「ふぅん。じゃあはい。君ね、名前は?」
「マリーです!!」
「そう。じゃあ説明してね」
「はい。魔力草って言うのは……」
マリーさんの話を簡潔にまとめると、魔力草って言うのは『育てる人の魔力を吸収して花を咲かせる魔生植物で、育てる人の魔力によって大きさやら色やらまで変わるから一つとして同じものにならない』面白い植物らしい。
何で簡潔にしたかって言うと。
「うん。あってるよ。でもね、もう少し短くまとめられるようにしようね」
「はい……」
単純に長かった。
「じゃあね、種と鉢を配る前にどんなのが育つか見てみたくない?」
ディオネア教授はそう言って私たちの顔を見る。平民の生徒が大多数なので頷く人がほとんど、教授は「よろしいね」と頷いた。
「おーい、メルキオール。君のをね、こっちへ持ってきて」
む? メルキオール?
(あ)
「きゃーー!!」
私の脳内の声は、女子生徒が上げた黄色い声とほぼ同時に発せられた。
「メルキオール君が来てるの?!」
「やだっ、嘘っ! 信じられない!」
「本物を見られるなんて!!」
メルキオール・シルヴェスター。土寮スオーロ・チヴェッタの寮長だ。
あのギリギリ私のストライクゾーンに入らなかった彼だよ!
あれ、彼って一応寮長だから三年生だよね? なのに一年生が君付けっていいのだろうか。
可愛いからってこと? 私のタイプじゃないけどな!!
「アイリーン、土寮の寮長のこともご存じなのですか?」
「え? あ、あぁ、うん。初日にね……」
見ただけ、と付け加える。それよりラタフィアの観察眼が怖い。無表情を貫いていたつもりだったんだけどな……
「不思議そうな顔をしていらっしゃいますね。ああ、シルヴェスター土寮長は天才魔導士と呼ばれていて、この学園へは普通より三年早く入学したそうですわよ」
「私、考えてること口から出てるかな」
「いいえ。ふふふ」
「……それにしても、すごいね、あの人」
む? 三年早くってことは……
今十五歳?! いや、それより重要なのは彼が入学時に十三歳だったことだ!
嘘じゃん、そんな特例がいる学年だった人たち羨ましすぎかよ……合法的に(クラスメイトだから)毎日眺められるじゃんね。
今はストライクゾーンを外れている彼でも、十三歳だったら……ほわぁぁぁ~。
あ……でも、駄目だわ。
今三年生である彼の同級生には攻略対象のレオンハルト、ギルバート、そしてエドワードの三人がいるじゃんね。
魔の三年生かよ。あかんわ。
そんなことを考えていたら女子生徒の悲鳴が大きくなった。
ふと顔を上げる。
「…………」
後ろの方の席にしたからそこそこ離れていたのに、何故かバッチリ、美しい紅玉の双眸と目があってしまった。
メルキオールは何も言わず、すぐに私から目をそらした。
うん、それでいいよ。私のことは後ろの席の女子生徒Aくらいに思ってくれたまえ。




