第17話.ショタコンとツンデ令嬢観察
「まず“球形魔法”とは何か。知っておるかな?」
『魔法実践基礎』の授業はそんな言葉から始まった。
貴族の子達はすんっとしているので、知っているが面倒なので答えない、と言ったところか。
代わりに平民の子達からはじゃんじゃん手が挙がる。私と同じ十六歳なのに、なんだか微笑ましい。
「ふむ……では、そこの風寮の黒髪の少年」
「は、はいっ。ジョンです!!」
「そうか。ではジョン。説明してみよ」
「はい! ええと“球形魔法”というのは、全属性に存在する基礎的な魔法で……」
ジョン少年は目を輝かせて球形魔法についての説明を始めたが、私の脳内はそれどころじゃなかった。
今後脳内にジョンを出せなくなるじゃないか……
いや、まだ大丈夫。トムやマイケルがいるし。
……何が大丈夫なんだろう?
自分でもよく分からない。
「うむよろしい。しっかりと予習したのかのう。感心感心」
いつの間にかジョン少年の説明は終わっており、その内容はロジエス教授が満足できるものであったようだ。
ロジエス教授は手元の冊子に何やら書き付けている。
「あれは……成績に加算されるやつ!」
「そのようですわね」
「答えた方がいいの……?」
私と同じことを考えた生徒は沢山いたらしく、主にすんっとしていた貴族の子達はきょろきょろと不安げにペアと顔を見合わせている。
しかし、私の焦りを他所にラタフィアは肩をすくめた。
「加算が必須なほどにギリギリな成績を収めるつもりですの?」
「むむ……」
ひえっ。言外に「お前みたいな実技チートが加算いるわけ? 実践で?」って伝えられてるよね?!
昨夜の訓練所で私の魔法を見たから、ラタフィアはそう考えたようだ。
うーん、確かにね!!
「元気に答えることも、よろしいとは思いますけれどね」
「…………目立つね」
「でしょう」
ジョン少年、堂々と名乗ってるし。もう喩え様もないほどに目立ってるよね。
私は目立たないモブ生活を目指しているのだ。目立ってたまるか。
「やめとこ」
「そうですか」
もしやラタフィアには、私がモブ生活を目指していると勘づかれている……?
宣言したっけ。憶えていないや。
「まずわしが手本を見せよう」
そう言ってロジエス教授は手をすっと前に伸ばした。
……そう言えば教授って何属性なんだ?
「……『水球』!!」
水か。
ロジエス教授の掌から溢れた魔力が大気中の水属性の魔力と絡み合い、一本の縄に編み上げられるかの様に結合して水に変化する。
しゅるり、と絹のリボンを球形のグラスに落とした見たいななめらかさで、水の帯は球形になった。
「これが水属性の球形魔法じゃ。鍵言を教えるから、他属性の者もきちんとやるように」
そう言ってロジエス教授は『火球』『風球』『土球』と水以外の属性の生徒たちに丁寧に鍵言の発音を教えていく。
ああ、そっか。私には漢字が思い浮かぶから発音に気を遣う必要が無いけど、この世界の人たちはいちいち発音を確かめなきゃならないんだ……
教授って大変だな。
……それにしても。
なんか、まだ二時間しか授業やっていないからあれだけど。
学園長の采配かな。
私の学園生活、水属性の先生で固められてない?
一時間目も二時間目も水属性の先生に教授だよ?
誤魔化しのためかな。でもあの場にいた人たち以外には私が『精霊の愛し子』だって言っていないはずだし……
……あ。
もしかして、水属性の魔法をよく覚えて擬態技術を向上させろってこと?
なるほど。それなら納得がいく。
水属性の魔法は私の命綱。しくじればこの学園のどこかに潜む隠れ邪神ファンに見つかって「心臓を捧げよ!!」系の儀式をされてしまう。
デッドエンドはお断りだ。
よし、真面目に頑張ろう。いや、もとから真面目にやる気だったけど、更にってことね。
「さあやってみるのじゃ。他の組からよく距離をとって、発射はするでないぞ。特に火寮と土寮の者たち、気を付けよ」
そうして実践タイムになった。
貴族の子達で構成された二人組の集団では、どんどん成功させてドヤ顔している子が多い。
斯く言う私たちも。
「そんなに手間取ることじゃないしね」
「ええ、そうですわね」
「下手したら寝言で出るかも」
「…………私、それ、やってしまったことがありますわ」
「……そっか、なんかごめん」
各々の手の上に水の玉を浮かべて、私たちは辺りを見渡した。
ジェラルディーンはピシッと伸ばした人差し指の先に紅蓮の火球を浮かべている。
とても綺麗な火だ。彼女の瞳の紅玉髄と同じ色。
そして上手くいかないらしいペアの令嬢にコツを教えている。
何度か発音を矯正された後、ジェラルディーンのペアの令嬢はその手の上に小さな火球を出現させることに成功した。
少し遠いから声は届かないけど何となく口の動きから二人のやり取りが分かる。
「やった、やりましたわ!」
「初歩的な魔法よ。これくらいできて当たり前だわ」
「ありがとうございますジェラルディーン様!!」
「……別に貴方のためではないわ。連帯責任でわたくしまで減点されてはたまらないだけで……」
「それでもありがとうございます!!!」
「…………ふん」
ペアの子、とっても真っ直ぐだからジェラルディーンのツンが効かないんだなぁ。
んんっ……可愛すぎか。
立派な大型犬を憧れの目で見つめる子犬の様なキラキラした表情で自分を見るペアの子に、ジェラルディーンはツンが続かなくなったらしい。
少し嬉しそうに、ちょっとそっぽを向いて頬を赤くしている。
あっ。
にまにましていたのがバレたのか、視線に潜む邪なものに気づいたのか、ジェラルディーンが私を見た。
その少し赤かった頬が更に赤くなる。
薔薇の花弁の様な唇が「あとでおぼえていらっしゃい」と動いた。
私は更に笑みを深くして「いいよー」と手をヒラヒラ振った。
ジェラルディーンの目が吊り上がったが何も怖くないぞ。
「ふふ。すぐに打ち解けましたわね」
「うん。すごく楽しい」
キリッとして答える。
あとで何をされちゃうのやら。私たちは笑いながら水球を投げあいっこした。
そして「安全に使えるのは分かるが今はそう言うことをしない!」とロジエス教授に叱られたのであった。




