第16話.ショタコンと授業
教壇に現れたのは、私が初見で苦手だなぁと思った(その理由については恐らく彼が美形だから)水寮の寮監ナーシサス・ダグラス先生である。
今日も、黒尖晶石の瞳に緩く束ねた深緑の髪、穏やかな表情が非常に美形ですね! 女子生徒たちが頬を染めたよ、良かったですね!!
「皆さんおはようございます。私はナーシサス・ダグラスと言って皆さんの『魔法理論』を担当する教師です」
穏やかに苦笑して「新任ですから、新入生の皆さんと同じですね」と言って女子生徒をきゃーきゃー言わせている。
そこでラタフィアが「私きっとあの方、苦手ですわ」と呟いた。噴き出しそうになるのを堪えつつ「私も」と答えておく。
「外面が優等生すぎて内面が覗けないからよ。ラタフィアは苦手でしょうね」
流石の観察眼である。ジェラルディーンの目はとても静かだ。
「わたくしも、あの目は好きになれないわね。まったく、退屈な授業に気に入らない教師が当たるなんて」
「やだねぇ……」
ぐってり、と教壇に目を向けたらなんとダグラス先生と目があってしまった。
しかしそれも一瞬のこと。すぐに視線は逸れる。良かった。ホッとした。
それから授業中は、時折ラタフィアやジェラルディーンと囁き合いながらぼんやり過ごした。
―――――………
「次も合同だね。一緒に行こう」
「そうですわね。参りましょう」
「ふん、別にわたくしは……」
「行きますわよね、ジェリー」
「……分かったわよ、一緒に行けば良いのでしょう」
ラタフィアの圧!!
はい退屈な『魔法理論』が終わり、次の授業は『魔法実践基礎』という明らかに実践だよねと感じさせる名前の授業である。
そのお陰か、周りにいる生徒たちは幾分か楽しげだ。
女子にきゃらきゃら言われるダグラス先生に、不貞腐れて寝ていた男子生徒たちも期待に顔を輝かせている。
おい少年、頬によだれの跡が。
初日からそれほどに爆睡していたとは。
彼はきっとかなりの強者に違いない。
私は顔を輝かせながらも、キリキリしそうな胃にドキドキしていた。
貴族の子達はなかなかに目敏いと言うことがラタフィアと触れあったことで判明したので、魔力の操作には細心の注意を払わなければならない。
あくまで基礎、基礎レベルだぞ、私。
抑える抑える、と頭の中でおまじないを唱える。対象を縛る力ある言葉を放てるのだから、私のおまじないも力があると考えていいのではないか。
「実践基礎と言っても……何をするのでしょう?」
「全属性が共通してできる基礎魔法なんて、球形魔法くらいでしょう」
「そうですわねぇ……」
ぞろぞろと向かう先は校舎の外。校舎付属の訓練所だ。流石、寮付属のものより大きい。
貴族の子達はつんと澄ましている。まあ彼等にとって基礎などすでに学んだことだから、ドキドキすることもないはずだ。
反対に平民の子達は、澄ましている貴族の子達の前なので表面上は冷静を装っているが、その目にはキラキラと隠しきれない好奇心の色が。
ああいう子が、ぶっ飛んだ失敗をするときがあるんだよね。
なに、簡単な経験談だ。
理科の実験にて、キラキラと煌めく好奇心を我慢できなかった小学生の頃の私の話である。
好奇心に負け、集気瓶に入れた純粋な二酸化炭素を吸った私はものの見事にぶっ倒れた。
吸ったのが少量だったのが救いである。
いやぁ、ぶっ飛んだ失敗をするタイプである私としては、彼らのキラキラした好奇心は微笑ましい限りだ。
私を巻き込まないで、尚且つ、死ななきゃいいよ。好きにしたまえ。
私はそんなことを考えつつ、現れた先生の姿に「あ」と声を上げた。
「ロジエス教授だ」
「お知り合いですの?」
「うーん、王都までの道のりの同乗者、かな」
確かにお知り合いではある、うん。
ロジエス教授はとことこと歩いてきて手を叩き「注目注目」と声をかけた。
その声はさして大きくなかったのに、よく通り、新入生全体に届く。
「わしは面倒じゃから名乗らん。知りたければ知っている者に聞くことじゃな」
いきなりそれかい。
周囲の新入生たちの微妙な反応を見ながら、私は苦笑した。
しかしラタフィアとジェラルディーンはこれを単なる「おじいちゃんの面倒くさがり」であると簡単には片付けられなかったようだ。
「これを機に先輩と交流を、ということでしょうか?」
「どうかしらね」
深読みの激しいお二人である。
貴族なら知っていることもあるから友人関係の方かも、等と囁き合っていた。
「そうなのかなぁ……」
考えすぎではないかと首を傾げる私。
教授ってフリーダムな感じがするからあまり考えていない気もするんだけど……
その間にもロジエス教授は話を続けている。
「今日は基礎の基礎、球形魔法の実践じゃ」
やっぱりか。さっきジェラルディーンが予想した通りだ。
「同じ属性で二人組を作るのじゃ」
「「む/あら」」
「何よ、その顔は」
ジェラルディーンが、と顔を見合わせた私たちであったが「別に二人組くらい……」と腕を組んで周囲を見渡した彼女は、すっと手を伸ばして取り巻きの一人を捕まえた。
「ちょっと貴方、わたくしと二人組になってくれるかしら?」
捕まってそう声をかけられた取り巻き令嬢は、目を輝かせ、白い頬を赤くして「はっ、はいぃ!!」と鼻息荒く答える。
周囲から「あら」「ずるいわ」「わたしたちも……」等の声が聞こえるがジェラルディーンは無視であった。
私はラタフィアと顔を見合わせ「ふふふふ」と笑う。ジェラルディーンはそれに気づいて「何よ?!」と顔を険しくしたが、私たちの笑みは深まるばかりだ。
「人気だねぇ」
「ええ。ジェリーは言葉はきついですが実は面倒見が良いのです」
「ふふふ」
「ラタフィア、変なことを言わないでちょうだい!」
「うふふ」
可愛いなぁと思いながら、頬を赤くしてついにはそっぽを向いたジェラルディーンに微笑みかける。
面倒見がいいからレオンハルトのアホ行為にもつい口を出してしまって苦手意識を持たれているんだろうなぁ。
未来の王妃様だもんね。そりゃあ未来の国王陛下がアホ行為に勤しんでいたら諌めるよ。
なんか、厳しいことを言っちゃって、あとからお布団の中とかで「何でわたくしはもっと優しく言えないの~っ!!」とか考えながらゴロゴロしてそう。いや、是非していてほしい。
「さて、できたかの……数がぴったりで何よりじゃ。始めるとするかのう」
可愛いジェラルディーンをラタフィアとからかうと言う展開から始まったが、楽しみ且つドキドキの『魔法実践基礎』スタートである。




